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「私のことを守ろうとしてくれていたのは、すごくありがたいよ。でもそう思うなら、少しずつでもいいから前を向いてくれると嬉しいな。私にできることなら何でもするから」
「よせよ。妹のおまえに、これ以上負担をかけるつもりはないよ」
「そう言ってまたどこかに消えてしまったら嫌だよ、お兄ちゃん」
「わかってる。よくわかってるよ、七海。おまえを心配させて、また泣かせたくないから」
「私はもう泣いたりしないよ、お兄ちゃん」
「そう言うわりに、さっきまでわんわん泣いてたじゃないか」
「それはお兄ちゃんも同じでしょ。おいおい泣いてたもの」
「う……。七海も言うようになったなぁ。小さい頃はあんなに可愛かったのに」
「もう二十歳ですからね。大人になったのよ、小さな七海も」
「そっか……。七海も大人になったか……」
溶けかかったソフトクリームを持ちながら、兄の航は空を仰ぐ。はるか遠くを見つめながらも、その表情は安堵しているように感じられた。
「七海のためにも、もう一度人生やり直してみるかな」
空を見つめながら、呟くように兄は言った。
その言葉が、何より嬉しかった。
「お兄ちゃんならできるよ。私も応援してるから」
「七海に言われると、なんだかできる気がしてきたよ」
「私の自慢のお兄ちゃんだもの。そして時々でいいから、こうして二人でソフトクリームを食べようね」
「またソフトクリームか。七海はソフトクリームが本当に好きだなぁ」
お兄ちゃんと一緒に食べるソフトクリームだからいいんだよ、と伝えようと思ったけれど、今はやめておいた。お兄ちゃんがもっと元気になった時に伝えることにしよう。
「そういえばお兄ちゃん。最後に私と別れたとき、押し入れの向こうから何か伝えてくれたよね。あれ、よく聞こえなかったの。なんて言ってたのか教えてくれない?」
お兄ちゃんの顔が一気に赤くなっていく。
最後になんていったのか、なんとなく想像はできるけれど、あえて兄から教えてほしかったのだ。
「ば、バカ。今更そんなこと言えるかよ。それによ、昔のことなんて忘れちまったよ」
「本当かなぁ? 本当はばっちり憶えてるんじゃない?」
「忘れた、忘れた。ぜ~んぶ忘れました。はい、おわりっ!」
よほど照れくさいのか、兄は顔を赤くしたまま必死に話を終わらせようとする。
そんな姿を可愛いらしく思いながら、ちょっとだけ兄に意地悪してあげることにした。
「じゃあ、私から言おうかな。七海はお兄ちゃんのこと、ずっと大好きだったよ!」
よほど仰天したのか、兄は手にしていたソフトクリームを落としそうになってしまった。地面に落ちる寸前に拾い上げ、ほっと胸をなでおろす。
「おまえなぁ、本当は聞こえてたろ!?」
「さぁ、どうかなぁ?」
「このやろう、憎たらしい妹になりやがって」
「利口になったと言ってください」
「ふん。おまえが利口なら、兄貴の俺はもっと賢いわ。見てろよ、七海。俺は必ず立派な人間になってやるから」
「その意気だよ、お兄ちゃん」
にやりと笑った兄は、残っていたソフトクリームを一気に食べつくした。
「俺の人生なんてもう終わったって思ってたけど。まだまだだよな、きっと」
晴れやかな顔で笑ったお兄ちゃんの顔を見つめながら、私も残ったソフトクリームを食べた。
ひんやりとしたミルキィなクリームが、私の顔を自然と笑顔にしてくれた。
大人になって兄と私とで、ソフトクリームを食べる。この記憶も、忘れられない大切な思い出になってくれることだろう。そしてこれからも兄と共に未来へ向かって時を紡いでいくのだ。冷たくて甘い、思い出のソフトクリームを人生のお供にして──。
了
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