3.昨日の敵は今日も敵

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「あれ、言ってなかったっけ? 医療用語で言うところのアッペだよ」 「……アッペ?」  聞き慣れない言葉に、オウム返しするしかない。もしかして、難病だったりするのか? 神妙な面持ちをしているはずの俺とは対照的に、田所はなんてことない風にサラリと言ってのけた。 「聞いたことない? アッペ、つまりは虫垂炎。もっと言えば盲腸だよ」 「……は」  まさかの病名に思考が追い付かない。ガンでも難病でもなく、ただの盲腸? 「手術時間が押したって……」 「あぁ。前の人の手術時間が押したんだよ。私は予定通り1時間半で終わったよ」  なんだって。 「アッペのオペってウケるよねぇ。あのね、盲腸ってめっちゃ痛いの。信じらんないくらいぎゅーって締め付けてきて、のたうち回るんだよ。マジで死ぬかと思ったからね。あれはなった人じゃないと気持ち分からないよ」  私の場合はねぇ、と続ける田所。俺はその話をほぼ聞いていなかった。  なんだ、ただの盲腸か。心配して損した。無意識のうちに握りしめていたらしい手から力が抜ける。  勝手に心配して勝手に大病だと思っていた田所の診断は、杞憂だった。そりゃまぁ全部自分が勝手に思い込んでいただけなので責められないが、ちょっと腹が立つ。俺はこんなに心配したのに、なんでこいつはこんなに能天気なんだ。 「杉本? 聞いてる?」 「全然。おい、出所祝い、田所の奢りな。見舞いにも行ったし迎えにも来てやったんだから、それくらい返せ」 「は? なんで? 退院したの私なんだけど。っていうか、快気祝いだからね? ねぇ、もしかして怒ってる? ちょっと杉本? どこ行くの? ねぇってば! 痛っ! ちょっと、傷口まだ痛むんですけどーっ!?」  歩き出した俺の後ろでギャーギャー騒ぐ同期。それを聞きながら、俺は洋菓子店ってどこだっけ、と考えていた。 END.
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