1.同期の入院

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 花カゴを渡す際、伸びてきた田所の腕を見て突然全身の体温がスッと低くなった。布団をかぶっていたので気が付かなかったが、腕から点滴の管が伸びていた。目で辿ると点滴棒に袋が2つぶら下がっていて、ゆっくりと水滴が落ちている。さらに手首には「田所真由香」というネームバンドが巻かれていて、入院患者であることを嫌でも示していた。  たったそれだけなのに、俺の胸はザワザワし始めた。元気そうに振舞っているけど、本当は大病を患っているんじゃないかと勘繰ってしまう。 「おお、杉本にも一応常識ってあったんだね。鉢植えじゃなくて花カゴだ」 「ああ、まぁな。田所に根付かれちゃあ、病院が可哀そうだしな」 「ウザ。あ、ねぇ、退院したらさ、飲みに行こうよ。もちろん杉本の奢りで」 「出所祝い? 別にいいけど」 「やった、ぼったくりバーにでも連れてってもらお。って誰が逮捕されたのよ」  冗談を言い合うのはいつものことなのに、なんだか夢を見ているみたいに身体がフワフワしている。病院、患者、点滴、手術。どう考えても非日常の背景に、付いていけない自分がいた。 「……なぁ」 「ん?」 「お前、本当に大丈夫なのか?」  田所は大丈夫じゃなくても「大丈夫だ」と言う奴だ。ここで「大丈夫じゃない」なんて言うわけないと分かっている。そもそも「大丈夫か」と聞かれて「大丈夫じゃない」と答える人間自体少ないだろう。そうと分かっているからこそ聞いてしまったのかもしれない。自分が安心したいがために。 「杉本……」  なにやら神妙な面持ちの田所。え、まさか、本当は大丈夫じゃない?  ゴクリと生唾を飲み込むと、田所は「ぷっ」と小さく噴き出した。 「なぁに、もしかして心配してくれてる? あっはは。そんな心配しなくても大丈夫だよ。手術も1時間半くらいで終わる簡単なやつだし、予後も良好だから」  田所は杉本って意外と心配性なんだね、と笑った。それは心配させまいとわざと明るく振る舞っているようにも見えなくもない。病室という異空間においてそれが演技なのかどうなのかは、俺には判別がつかなかった。
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