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 福岡市にある在日コリアンの集住する地区に、一軒の韓国伝統菓子の専門店がある。  店名は『松島韓菓店』。  この店の店主は、済州特別自治道を本貫(ポングァン=韓国において、一族発祥の地のこと)とする在日コリアンのコ・ヨンチョルという男性(53歳)である。彼の曽祖父・ユンフンは、戦前に済州島から日本に渡り、苦労に苦労を重ねた末に、ささやかな韓国伝統菓子の店を開くに到った。現在のヨンチョルで、店は四代目になる。  ヨンチョルの住む地区は、在日コリアンの集住する地域ゆえに、時折排外主義の団体がヘイトスピーチをがなり立てながら街宣活動を行うことが、しばしばある。しかし、彼はもうそんなことにはすっかり慣れっこになっており、むしろ彼ら彼女らを「単なる街の賑やかし」としか看做していない。  むしろヨンチョルにとっては、にこやかに「ワタシ、サベツガキライデス」「ワタシタチ、サベツニハンタイデス」と宣う日本人こそが「何か裏を持っていそう」という感がして、そちらの方を警戒してしまうのであった。  ヨンチョルが店を継いで20年目の20XX年に、与党・自由民権党(自権党)の事実上の「一党独裁制」が盤石のものとなった。というのも、国民側の「政府の足を引っ張る野党なんてもう要らない」との希望に応えるべく、選挙制度の改正(=改悪)・その他の与党に都合の良い政策が次々と実施され、一部の野党関係者・支持者の抵抗もむなしく、自権党以外の全ての政党がことごとく解散(もしくは秘密結社的に地下に潜伏)という運びになったからである。  そしてこの「自権党の横暴」とも言える政策を、国民のほとんどが「民主的に」大歓迎し、誰もが「これでもう政府の邪魔をする連中もいなくなった」「自権党の足を引っ張ってばかりいる野党がいなくなってせいせいした」などと、政府に反発する野党がほぼ完全に消滅したことに対して、何ひとつ疑問を抱かないのであった。それが後に、自分たち(=日本国籍を有する人々)の首を絞めることになるとも露知らず…。  さて、そんな与党の横暴に対して、ヨンチョルは何ら感慨も湧かなかった。というのも、彼は韓国籍を有する在日コリアンであり、日本では選挙権も被選挙権も有していないからである。彼は、そのような与党の政策に対しては、このようにしか思っていなかった↓。 「なるようになれ。どうせ俺らには関係ないし、有権者のアイツら(=日本国籍を有する日本国民)が択んだ道なのだから」
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