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 日本人の誰もが与党の打ち出した「国民皆兵制」に猛烈に怒り狂い、全国各地でこの政策に対する反対デモが相次ぎ、そして街中では国民を兵隊(=鉄砲玉)として外国との戦争に対峙させようとする与党自権党への怨嗟の落書きであふれ返る(それこそ、京都や奈良の文化財に指定されている寺社にまで、何者かによる「国民皆兵制絶対反対!」「我々日本人は絶対に銃を持たないぞ!!」という落書きがなされるようになった)最中、とある有名なTVタレント(66歳)が、このようなコメントを自分の出演する番組で宣った↓。 「国民皆兵制?悪かぁないねー。頭デッカチなだけで中身が無くてヒョロヒョロした若いヤツらが、心身共に鍛えられるチャンスだぜ。この施策が通れば、今の若いヤツらも一端の大人になれるじゃねーか」  この直後から、番組を放送したTV局には猛烈な非難と抗議の声(投書・電話・FAX・メール・WEBなど)が殺到した。  このタレントは年齢が「66歳」、つまり「国民皆兵制」の対象外であった。そのことが、ますます番組視聴者の怒りを買い、彼は翌日からネット上で主に若い世代によって、罵声を浴びせかけられるようになったのである。  彼はTV業界のみならず、映画監督としても世界的に有名であった。ところが、番組内のこのコメントをきっかけとして、彼の監督した映画は全国各地でボイコットされ、動画サイトでは『コイツの映画はもう観ない!』と題して彼の映画を収録したディスクを粉砕し、彼の著書を破く動画をUPする者が相次いだ。それだけではない。このタレントの住所が特定されて、何者かによって火炎瓶が投げ込まれて自宅を半焼させられて、そして彼はTV・映画業界双方から完全に消えてしまった。  よくよく考えてみると、この「国民皆兵制」は「日本国内に在住する外国籍保持者」がその対象外とされている。 しかし滑稽なことに、日本国籍を有する者で自分や家族の国籍を「韓国」「北朝鮮」「台湾」――つまり特別永住者――に変更する人間はいない。否、もしかすると、「自分の国籍を韓国に変更すると、兵隊にとられなくて済むぞ」と気づき、実行した者はいたかもしれない。ところが、愚かにも日本人のほとんどが「どうにかして日本人である特権を享受したままで国民皆兵制から免れたい」という、ムシの良すぎることしか考えていなかったのである。 そうこうする裡に、「国民皆兵制」が布かれる日が20XY年4月1日に決定した。つまり、この日を境に全ての日本人は「軍人」「軍属」とされるのである。  日本の有権者は自らの手で与党である自権党に政治を私物化させ、そして今、自権党はその有権者から恨みを買っている。しかし、それというのも「何でも反対する野党なんか必要ない」「法案を採択するのに野党なんて邪魔なだけ」と看做した日本の有権者の自業自得であった。 チョーッ!ヘイッ!ハンッ!タイッ!チョーッ!ヘイッ!ハンッ!タイッ! 日本国憲法第18条っ!何人もっ!いかなる奴隷的拘束も受けないっ!又っ!犯罪に因る処罰の場合を除いてはっ!その意に反する苦役に服されないっ!  外では、大声でそのようにシュプレヒコールを挙げる者が後を絶たない。そして火炎瓶で交番その他の公共施設が焼き討ちに遭い、あるいは落書きされ、ストライキを以て抵抗する者が大勢出てきた。  在日コリアンであるヨンチョルが、そんな彼ら彼女らの声をつぶさに聴いてみると、呆れたことに普段から「特ア三国にナメられるな!」「日本も軍備を増強して戦争のできる国になろう!!」などと、普段から勇ましいことばかり宣うネット右翼たちもまた、いつもの主張を引っ込めて「徴兵反対!」と、大声でがなり声を上げていたりするのであった。ヨンチョルは、普段からネット右翼の街宣の声を耳にしていたので、左翼のみならず自分の聞き覚えのある声の主(=ネット右翼界隈の人たち)も政府の「国民皆兵制」に怒り狂い、それまでの威勢の良い主張を「無かったこと」にしているのに呆れてしまう。  そんな最中でも、ハナッから「国民皆兵制」の対象外にいるヨンチョル自身の日常には変化が無かった。  否、変化はあった。 「国民皆兵制」に猛反対するインフラ事業者によるストライキが続発し、最早バス・鉄道等の交通機関は完全に麻痺していた。大都市圏である福岡においてですら、JRのダイヤグラムは一日に上下線合わせてたったの8本となってしまい、地下鉄や西鉄バスに至っては、金曜日土曜日日曜日には完全に運行が無くなる始末でもあった。 そのために、ヨンチョルは韓菓の原材料や機材を仕入れるための取引先(西区姪浜にある菓子原材料専門の卸売市場・早良区にある製菓機材メーカー)に出向く時ですら、その場しのぎ的に購入した自転車で何十分もかけて移動せざるを得なくなってしまったのであった(尤も、その卸売市場の仲買人や機材メーカーの社員たちもまた、日本国籍を有する日本人であったが故に「国民皆兵制」に猛抗議してサボタージュをすることもしばしばあった)。
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