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青は貫志を見下ろすと、こちらに手を伸ばして、
「ここにいろよ」
フードを被せた。その上から優しく頭を撫でてくる。
あまりの近さに、貫志は驚きで固まった。青はすぐに離れて扉を閉じた。同時に車から柄の悪い男たちが六人ほどぞろぞろ降りてくる。青が何か口にした。雁首を揃えた男のうち一人が怒鳴り返した。
青の声は小さいのだ。ここでは聞こえない。
男の一人が金属バットを振り下ろす。貫志は助手席から這い出た。ガツっと鈍い音がした。見ると、金属バットの男が青の足元に倒れている。貫志が「宮本さん……」とつぶやく前に、青は男の腹を踏み潰した。
「宮本さん!」
青はこちらに背を向けている。青の背後にいた男が同じく金属バットで襲いかかった。瞬間、腰を曲げた青は落ちていたバットを握りこみ、勢いのまま背後の男の腹をぶちのめす。唾液を吐き散らした男はガクッと項垂れて蹲る。青はその背骨を折らんばかりに渾身の力でバットを振り下ろした。
たった三十秒で二人やられた。男たちの緊張感がドッと増す。そのうちの二人が貫志に振り返り、「京谷蒼也だ」と怒号した。声には、ならず者が危機的状況で頼みの財宝を見つけたような興奮が含まれている。一番車の近くにいたものが「アレだっ! 早くしろ!」と怒鳴った。青の背後にいた二人が、腕を振り上げながら迫ってくる。
京谷蒼也の正体は結局、不明のままだ。しかし男たちの狙いは間違いなく京谷蒼也である。迫り来る極道風の男たちに、貫志はグッと腹に力を入れて身構えた。
瞬間、ビリッと衝撃が駆け抜けた。
「そいつに手出すな!」
青だ。青の激怒する声が空間を割り裂く。
「指一本でも触れたらテメェら全員ぶっ殺すぞ!」
獣の吠える声に、男たちが怯んだ。いつも静かな青からは考えられない咆哮に貫志の肌も震える。
だが貫志は、男たちに隙が生まれたのを決して見過ごさなかった。右側の男の頬から鼻を、抉るように拳を入れる。崩れた体勢も視野に入れて、首に肘を突き入れた。続けて、目の当たりを狙い拳を突き上げる。男は倒れ込んだ。
左側の男が果敢に殴りかかってきた。ガラ空きになった空間を狙って、喉に肘を入れる。男は呻き、激しく咳き込んだ。咳き込みながらも死に物狂いでバットを振り下ろしてくる。すかさず腕で受け止めると凄まじい痛みが走った。構わずにバットを引っこ抜き、男の脛を蹴り上げる。重心を崩した際に顎を殴り上げ、仰向けに転がし、グリップエンドを男の腹に向けて一気に突き刺した。
男は血を吐き散らして咳き込む。貫志は片手にバットを持ち替えて、男の腹へ目一杯振り下ろす。男は激痛にもがき、何か聞き取れない言葉でうめいている。貫志は直ぐに身体を反転し、よたよた立ち上がる一人目の男の股間を蹴り上げた。
足元には、芋虫みたいに転がる男たち。これで二人、再起不能にした。青はその間に一人をぶちのめしたようで、辺りは死屍累々だ。
「は……は……っ」
身体中の血が沸騰している気分だった。他人の血の匂いが興奮を掻き立てる。
残るは一人。青はリーダー格の男を捕まえて、ボックスカーの側面に追いやっていた。
貫志が近付いてきているのにも気付いている。青は流し目だけ向け、何も言わず、ポケットから取り出したボールペンを迷いなく男の耳に突き立てて、
「文英だな」
と、低く告げた。
文英組。
いつであったか青が反目組織の例に挙げていた。
座り込んだ男の片腕は骨折しているのか、ダラリと力を無くしている。鼻から血を垂れ流し、唾を撒き散らしてわめいた。
「静かに話せや」とボールペンを思い切り突き刺す。男は悲鳴を上げ、左耳からは鮮血が溢れ出た。
「京谷蒼也が狙いか。誰の指示だ」
青は顔色ひとつ変えずに、右耳へ囁く。
「……み、宮本青、ここまでして、タダじゃすまねぇぞ」
青はふと立ち上がった。瞬きをすると既に、靴先が鼻に入っている。血が飛び散った。男の鼻が砕けた。
「タダですまねぇなら幾らなんだ。言ってみろ」
青は唇だけ弧を描いて、不気味に笑った。
「四桁はくだらねぇか? 儲けたな」
「……こっちは極道だ。虚仮にしてくれたケジメはとる……」
「手前でとれや」
男が懐に腕を入れた。次の瞬間、青の膝が顎に入る。男は鈍い呻き声を上げ、横倒しになった。青は男の無事な片腕を逆手に取って、あらぬ方向に突き入れた。ボキっと呆気ない音で腕が完全に折れる。男は踏み潰された毛虫みたいに上半身をくねらせた。頭や鼻、口、耳……あらゆる場所から血を垂れ流している。
青は男の拳銃を取り上げ、銃口を額に押し当てる。
「聞かれたことに答えろ。余計をほざけば弾く。俺は本気やぞ」
「額に墨付けたろかい」これが宮本青だ。
はじめて会った新宿の夜、貫志は青に完膚無きまでに叩きのめされたが、この所業を前にして確信する。あの時点で青は相当手加減していた。貫志の戦闘力など同日の談でなかったのだ。
圧倒的な強者のリアルに身体がぶるりと震えた。呼吸すら張り詰めるほどの威圧感。青の轟く声が地下を這う。
「文英の兵隊は何人ここに向かってる」
「……」
「おどれぶち殺したろか」
「……もう一台来ているはずだ」
「遅刻かい。ええ御身分やな」
青はフッと笑った。冷たい微笑みに、男が一層狼狽えた。
「極道のど腐れがこの時代によう大口叩けたもんだ。堅気巻き込んで恥晒す真似してんじゃねぇぞ。ゴミ屑ども掻き集めて早よ去ねや」
男の髪を引っ掴み、すぐ近い距離でサラサラと囁く。言葉終わりで頬に一発入れ、仕上げに頭を真上から踏み潰す。コンクリートに血がビチャッと広がった。これで、終わりだ。
青はハンカチを取り出すと、丁寧にボールペンを拭って、懐にしまった。貫志は、おずおずと青に近付いた。
「本家へ向かう」
青はふと呟いた。呼吸は一つも荒れていない。
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