プロローグ

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プロローグ

 それはまるで小説のようだった。 散っててゆく中に儚い美しさを見せる桜吹雪、倒れてゆく黒いロングヘアーの女性、走り去ってゆく車、無邪気に点滅する青信号。何もかもがスローモーションを見ているかのように美しかった。僕がその女性のそばでしゃがみ込みすべての音が消えた。それから長い時間が経ち、いや一瞬だったのかもしれない、でも僕には永遠のような時間が経ち遠くから聞こえてきた救急車のサイレンの音が沈黙を包み込んだ。  「、、、嫌な夢をみたな。」 この夢を見るのは久しぶりだった。僕はベットから睡眠欲という強敵に抗いどうにかして抜け出すと、階段を降りて1階に降りた。毎朝の日課である母親の仏壇に手を合わせる。ひき逃げだった。7年まえ、目の前で母さんを永遠に僕から奪ったのは50代のフリーターだった。現場からは逃走したものの、罪の意識に耐えきれなくなったのか、1週間後に交番に自首したらしい。当時の僕は、そんなことを知る由もなく親戚の家に預けられ、またたく間にお葬式を上げることになった。その間、僕は何も喋らなかったらしい。お葬式でも、一言も喋らずただ下を向いていたものだから、周りの人には強い子だと想われたらしい。 違う。 僕は、絶望していたんだ。女手一つで9歳まで育ててくれていた母さんに、家の事情などは理解していなかったが、周りの友達より深い感謝をしていたと思っている。そんな母さんを奪った犯人を憎むのが今となっては正解だと思うが、当時はとにかく絶望していた。だが、足が片方潰れた母さんの遺体を見たとき絶望なんてものはなくなった、そして理解した。この世に幸せなんてないと、世の中は腐っていると。これも、泣かなかった一つの理由かもしれない。 チーン、そんなことを考えながらおりんの音を聞き終えた。手を戻しながら 「母さん、少しは社会に希望を持てるかな?」 と、声をかける。中学1年生の最後の頃までは、僕は徹底的に社会を恨み、この世に存在するすべてのものを憎んでいた。最近は、自分でもかなり良い方向に目を向けられるようになってきたと思っていたりもする。冷蔵庫を開けて卵と牛乳、トマト、レタスを取り出した。スクランブルエッグを作り、トマトを切ってレタスの上に乗っけたら完成。ありきたりな、朝食のできあがり。それを胃に流し込み、歯を磨いて、制服に着替える。どこにでもある、毎朝のルーティーンをこなしたら、登校。 誰もいない家に挨拶をして、2ブロック先の学校の送迎バスが来るバス停に向かう。ものの1分程度で到着、待合室を覗き込む。ラッキー、誰もいない。僕は教室でも特段目立つわけでもなく、自分から話しかけもしない、自称兼他称陰キャなので、なんとなく気まずいので他の人がいると入るのを遠慮してしまうからである。待合室の隅でベンチに腰掛けスマホをいじっていると、 「おはよっ、瑛太。」 と、声をかけられた。こいつは比奈、とある一件で関わってしまったがために姿をみつけられるたびに声をかけてくる。しかも比奈は学校の中でも1、2を争う美少女であるので声をかけられると教室中の視線が僕に向くという、陰キャ天日干しマシーンである。そんな迷惑なやつと関わってしまったがために僕の落ち着いた学校生活が危ないのだ、ここは無視で通して僕の意思を伝えよう。僕に関わるなと。 「いやー、今日も無視ですかい瑛太くん。」 おい、何なんだこの空気の読めないニヤニヤしている生き物は。 「うるさい、僕に関わらないでくれないか。今君と話すよりも大切なことをしているんだ。」 「ショック、ねぇ超ショックなんですけど。私と話すよりも、スマホ、スマホなの?」 「当たり前だろ。携帯のニュースは今しか見れないんだ、その点君はいつでも見れる、見たくなくてもな。」 「見たくないって、、、はっ、いつでもねぇ、そうかそうか瑛太くんはいつでも私を見れると思ってるのかぁ。学年1かわいい私を。へぇ」 ニヤニヤしながらこっちを見てくる。しまった、地雷をふんだか?そんなことを考えていると、学校行きのバスが来たのでドアの空いた瞬間にバスに飛び乗り運転手の後ろの一人席に逃げ込む。バスには他の生徒も乗っているのでちょっかいをかけてくることもないだろうと肩の荷を下ろしかけたら、 「ちょっともう、おいていかないでよっ。」 と、比奈が弾むように息をしながら僕の前に立ってきた。まじか、体裁というものはこいつに存在しないのか?と考えながら逃げ道を探していると、 「そーやって、逃げ道を最初に探さないの。まぁ、そのおかげで今こうしていられてるんだけどね。」 急にシリアスな空気で喋りだすから何かと思ったが、 「そんなこと、もう掘り返さないでくれ。あれは、もう終わったことなんだ。」 もう、思い出したくない。 「まっ、そうだね。」 そんな事を言いって、比奈は鼻歌を始めた。 そう、僕と比奈がこうして話しているような関係になったのにはある一件が関わっている。さっき比奈の口走った一件だ、あれは僕が中1の終わる春休みであり、僕があれほど嫌悪していた社会が少し好きになった2年生になる春休みのことだった。
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