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本人から恋愛の『レ』すらも聞いたことがなかったから、興味がないのだろうと勝手に思っていた。
でも、そうではなかった。きっと、私が見えていなかっただけだったのだ。
どうしようもない不安に襲われ、あたりの音が一瞬にしてすっと遠のいた。
耳に入らずすり抜けた言葉が、階段に、廊下に、校舎に。他に人の声などない夕方のオレンジの光が差し込む閑寂の中へ、反響して、減衰して、吸い込まれていく。
――もし、オーケーしてしまったら……?
啓吾の隣で森沢さんが笑う。森沢さんの隣で、啓吾が、笑う……。
あぁ、本当に。想像しただけでも本当に。お似合いではないか。
必死で否定しようとすればするほど、確信めいてくる。
嫌だ、と。思ってしまった。
幼なじみだったからずっと一緒にいて、幼なじみだったからそれが当たり前だと思っていた。思ってきた。けれど全然、当たり前などではなかったのだ。
どちらかが誰か他の人と結ばれたら、それまでの関係。それ以下ではないけれど、それ以上でもない。そんなあやふやな『幼なじみ』なんていう関係に慢心していた。
いつ無くなってもおかしくない日常。壊れないように、壊されないように。崩れないように、崩されないように。大事にしてきた距離。
――私だけのものなのに。
到底穏やかとは言えない思いが胸の奥からせり上がってきて、はっとした。黒く濁って重たい感情がわだかまるのを感じる。淀んだ水たまりにずぶりと足を取られたように、その場から動けない。
隣にいるけれど、触れることはない。存在は感じるけれど、その熱は伝わってこない。ちょうど人ひとりぶんくらいに空いた、幼なじみの距離。
ちょうどいいと思っていた。ずっと変わらないと思っていた。何にも遮られる事なく、隣を見ればお互いに顔を見ることができると、信じて疑わなかった。ほんの少し開いた間に他の誰かが入れるなんて、本当の意味では全然理解などできていなかった。
うつむいて、こぼれそうになる声を殺すことで精一杯で。
柔らかな胸の奥をずぶりと突き破られるような痛みで涙が出そうになった。
――どうしてこんなに、苦しいのだろう。
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