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彼の体は、高速で走る電車に吸い込まれていった。そしてドンっという鈍い音が聞こえると、彼の体は数メートル程吹っ飛んでいった。
辺りには血が撒き散らされている。間違いなく、即死だろう。
ついに、やった。やったんだ。ずっと胸の内に秘めていた思いを、ついに成し遂げた。
辺りは騒然としていて、目の前では綺麗な女が膝から崩れ落ち、呆然とした顔をしている。この状況が、彼がもうこの世にいないことを知らしめている。
自分の胸にそっと手を当てた。動悸は収まっている。うん、よかった。これでよかったんだ。
もう、彼が綺麗な女と一緒にいるのを見て辛い思いをすることもない。彼の隣にいられないことを嘆き悲しむこともない。
私の、心には、やっと本当の平和が訪れるんだ、、
そんなことを考えていると、突然後ろから体を羽交締めにされた。
私は慌てて首を後ろに向けた。すると、数人の駅員が立っていた。
「お前が突き落としたのか?」
駅員は私を睨みつけながら言った。私は、身動きが取れない不快感に、体をくねらせた。
「お前がやったのかと聞いてるんだ!!」
駅員が大声で怒鳴りつけてきた。私は驚いて思わず顔をそむけた。でも、分かっていたことだ。私がやったことは人殺しだ。犯罪だ。それでも、止めることができなかったのだ。
私は小さく頷いた。
視界の端に、呆然と涙を流す綺麗な女を、別の駅員が介抱するのが映った。
「なんで、、どうして、、、」
綺麗な女は言葉を吐き出す。
「もう、会えないの、、?」
その言葉を聞き、私はもう彼に会えないという事実についてもう一度考え直し始めた。
彼がこの世にいなければ、もうこんな辛い思いをしなくて済む。そう思っていた。
でも、思い出してみろ、彼と話した時間を。毎日彼がサッカーをしている姿を見ていた時間を。
全部幸せだった。そうしているだけで、私の心は満たされていた。
「あれ?ちょっと待って。やだやだ。もう彼に会えないなんて、嫌だ」
私は彼にもう二度と会えないという辛さにようやく気づいた。
こんなはずじゃ、こんなはずじゃなかったのに、、
『まもなく、一番線を、特急電車が通過いたします。黄色い線の内側にお下がりください』
アナウンスがホームに鳴り響く。
その瞬間、ある考えが私の頭に浮かぶ。
そうだ、彼は今あの世に行ったばかりなんだ。だから、私も今すぐ行けば、彼に会える!そして、彼と二人で話すことができる!
私は、全力で駅員を振り払った。そして、反対側のホームに向かって走り、線路に飛び降りた。
駅員が何かを叫んでいるのが耳に入る。でも、そんなのどうでもいい。だって私は死ぬんだから。今から彼に会いに行くんだから。
警笛が耳元で鳴り響く。電車の中の運転手と目が合う。
「待っててね!すぐ行くよ!」
私の頭の中は、真っ白になった。
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