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そんな勇気もなかったのだから、思春期の大げさな妄想で、そう考えている自分に酔っていたのかもしれない。それでもその時のことを今でも思い出す。
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「なにぼんやりしてんだよ!あんたさぁ…聞いてる?」
肉切り包丁を突き付けながら、知らない顔の男がこちらを睨んでいるのに気付いて、筑田は考え事をやめた。
もしかしたら、少し寝ていたのかもしれないと思うくらいに深く、中学生の頃の自分を思い出していた。
今の自分の置かれている状況がなんだったかと、顔のすぐ近くにある肉切り包丁を見て現実に戻る。
今、自分はたてこもりをしている犯人の、人質になっているということを、すっかり忘れていた。
筑田が勤務する学習塾は雑居ビルの2階にある。突然、この男が現れたのは、今から20分ほど前だったろうか。
生徒1人1人に合った個別学習を売りにするこの塾では、入口から入って、特に受付などはなく、小さな仕切りのスペースがいくつも並んでいるフロアで講師と生徒が課題をこなしている。
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