いし、いし、いし。

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「流石にそんな気分悪いことしないって。ただ、ちょっとびびらせて追い出してやろうってだけだ。あの駐車場も住宅街も、猫の糞が多くなって困ってると思うしな。俺らは遊び場を取り戻せて、住宅街の人々も助けられて、一石二鳥ってわけだ」  今考えると、矢田はなかなか賢い奴だったんだなと思う。猫に悪戯をする、というのは殺すわけでなくても罪悪感と伴うことだ。それを“追い出すだけ”“住んでる人を助けるため”と言い含めることで大きく軽減したのである。  しかも、自分で言うのもなんだけど、小学生男子は多かれ少なかれヒーローというものに憧れを持っているものである。町のヒーローになるためのお仕事、みたいな言い方をされたらころっと騙されるのも無理からぬことではなかろうか。 「わ、わかった……やるよ」 「そう来なくっちゃな!」  僕は彼に言われるまま、石を握らされたのだった。やることは単純明快。猫のすぐ近くに石を投げて、びっくりさせて追い返そうというものである。猫自身に石をぶつけるわけではないので、怪我をさせる心配はない。ただちょっとびっくりさせて、猫をおっぱらってやろうというだけである。  当然ながら、最初の日は失敗した。大きな足音を立てたせいで、僕が腕を振りかぶった時にはもう猫がこちらに気づき、逃げてしまっていたためである。  失敗しても、矢田やその仲間は僕に怒らなかった。代わりに、僕のことを“次がんばれよ”と背中を叩き、お手本を見せてくれたのである。  矢田の投石フォームは、野球を齧っていた僕から見ても綺麗なものだった。大好きな野球選手の真似らしい。体格が良いので、狙ったところに力強い剛速球が飛んでいく。真横で石が撥ねた猫は驚いて悲鳴を上げ、逃げ出していった。僕はそれを見て、思わず拍手をしてしまったのである。  そして、自分から言ったのだ。 「そ、その投げ方、僕にも教えてくれないかな……!」  最初は、そこまで乗り気ではなかったはずだった。しかし、“みんなには内緒の正義活動”は僕にとっては新鮮で面白く、かつ矢田達が親切であることからどんどんとのめり込んでいったのである。クラスに友達がいなかった僕にとって、矢田は四年生になって初めて出来た親友となったのだ。  投げれば投げるほど、己が上達していくのがわかるのも楽しかった。元々、投げるのだけはそれなりに得意だったのである。気づけば、仲間内で僕と矢田が一番“成功率”が高い選手になっていたのだった。
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