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ヘルマンを死すべき存在へとたった一行のコマンドで変えてしまうのだ。宙に向かって放つ、たった数語の言葉が回収も訂正もできず、一人の少年の運命を変えてしまう。
「よくて?」
「はい」
夏姫は慣れない言葉を一音一音区切るように発音していく……。
「Quem di diligunt juvenis moritur.……」
ほんの数瞬、ヘルマンはびくっと身体を震わせた。
だが、もうコマンドは入力され、ヘルマンは成長し、死ぬ、バイオチップの埋め込み以外は通常の人間になったのだ。
神々が愛する者は若者として死ぬ、という意味のラテン語成句だったが、ヘルマンを夭逝させてはなるものか、と夏姫は思った。
暮沢はもうエルンストにコマンドを入力したのだろうか。
夏姫がそう思ったと同時にインターフォンが鳴った。
もちろん暮沢、エルンスト、深水の三人だった。
「勇気が必要だったと思います、へんな労い方ですが、おつかれさまでした。私もあれからすぐ、この子にコマンドを読み上げました」
「あれは何語なのですか?」
「ラテン語で、ティトゥス・マッキウス・プラウトゥスの著作、『バッキス姉妹』からです。政府から、不死や成長の停止をやめさせられるかもしれない、という懸念は、〈天使〉のプロジェクト初期にはすでにありましたから」
「海外の〈天使〉ユーザーはどうなのでしょう」
「国ごとでさまざまでしょうね。タイ在住の〈天使〉ユーザーは、彼の〈天使〉が現地のKathoey、男性から女性へのトランス・ジェンダーたちのあいだで人気を博しているようですから」
暮沢のメイド、深水もやっと料理を終え、同じ席に加わった。
そして深水が、ノンアルコールカクテルやお酒、それにあてものを並べ、いつのまにかヘルマンとエルンストの新しい歩みを祝う席になっていった──。
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