13.tredici

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 冷たいお茶の入った湯呑みと、手土産の和菓子が乗る菓子皿をそれぞれの前に出し終えると、母は控えるように部屋の隅に座った。  それを合図に薫さんは切り出した。 「まずはご挨拶が遅れたこと。そして順番を間違ったうえ、亜夜さんと未だ入籍できていないことを謝罪します。申し訳ありません」  初めて会ったときのような冷たく見える表情で薫さんは父に謝罪した。もちろん口先だけではない。薫さんは真剣だ。でも父はそれをニヤついた赤ら顔で聞いている。 「さすが穂積の御曹司は違う。物怖じしないところが気に入った! それに免じて許してやろう。だが、それなりに誠意は見せて欲しいよなぁ」  芝居がかった物言い。嬉し気にそう言うとお酒を口にする。 「……誠意、ですか。それはいったいどのようなものでしょうか。この若輩者にはわかり兼ねます。教えていただけますか?」  すうっと薫さんの目が細くなる。静かな怒りが見えるようだった。  だが父にそんなことは伝わらないようだ。けれど、嫌味を込められているのは察したのか眉を上げた。 「ふん。言ってくれるな」  残ったお酒を呷り、ダンッと音を立ててグラスを卓上に置く。薫さんはそれに動じることなく真っ直ぐ父に顔を向けている。 「お前はな、大事な娘を傷物にしたんだ。それ相応の詫びがあってもいいだろう」  膝に乗せた手を握り締める。爪が食い込んで痛いくらいに。  先に話を聞いていなければ、ここで取り乱していた。きっと今、父には従順な娘に見えているだろう。そう見えるように、薫さんの邪魔をしないように、私は必死で堪えていた。 「そうですか。ではあなたは、今までその大事な娘さんにどんなことをされてきたのでしょう。よろしければ教えていただけますか? それを聞いて判断いたします」  父は薫さんの圧に一瞬怯む。気を紛らわせるように一升瓶を開けると、またお酒をグラスに注いだ。 「専門学校まで出してやったんだ。つまらん学校だったがな。学費はいくら掛かった、母さん。五百万か? いや六百万だったかな。全部出してやったからな」  突然尋ねられた母は、弾かれたように顔を上げる。が、すぐに視線を逸らした。 (この人は……何も知らない。知ろうともしなかったんだ……)  家のことは全て母に任せっぱなしだった。ずっと縁の下で支えていた母の苦労を知ることもなく。そして、当たり前のように家は回っていると思っているのだ。 「それは……おかしいですね」  俯き唇を噛み締めていると、薫さんの声がした。
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