13.tredici

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 立ち上がったままの父を真っ直ぐ見据え声を絞り出す。  一生立ち向かうことなんてないと思っていた。自分の気持ちに蓋をして、必死に押し込めるしかなかったから。でも、薫さんがいてくれるから、私の味方でいてくれるから勇気が湧いてくる。 「その端金を……出さなかったのは誰ですか? いえ、出せなかった。それでもお母さんは、なんとか私を希望通りの学校へ行かせるために頑張ってくれたんです。大事な娘? 笑わせないでください。貴方に大事にされた記憶なんてありません!」  言い返したのは初めてで、体が震えそうになる。それでも視線を逸らさず睨みつけるように父を見上げた。 「なん……だと? お前に何がわかるっ!」 「わからないよ! お父さんだって、私が今までどんな気持ちだったかわからないでしょう⁈」  感情に任せて私は叫ぶ。涙が勝手に滲み眦に溜まっていくのがわかる。  父は顔を赤くしてワナワナと震えると、目の前にあったグラスを素早く手にしてそれを振り上げた。 「うるさいっ‼︎」 「亜夜っ!」  身構えた私を庇おうと、素早く盾になるように薫さんの腕に閉じ込められる。 「父ちゃん‼︎」  肩越しから見えた朝陽は、父の腕にしがみついている。 「あなた! 止めて下さい!」  母は悲鳴を上げ、父の足に縋りついていた。  グラスに入ったままのお酒は、そこらじゅうに溢れたのか、時折ぼたぼたと机に水溜りを作っては不快な匂いを漂わせた。 「わからない、だろう……。跡継ぎだと言われて朝から晩まで年中働いてもそれに見合う収入など入ってこない。やっと育った野菜が、たった数日降り続いた雨に全てやられる虚しさ。お前たちにはわからないはずだっ‼︎」  父は悔しそうに吐き捨てると、腕を下ろしグラスを机に置いた。やりすぎたことに自分でも気づいたのだろう。 「父ちゃん……」  朝陽は父の隣に立ったまま、悲しげにその姿を見ている。その背はもうとっくに父を追い越していた。  そして母は、畳に手をつき項垂れたまま、嗚咽を漏らしていた。 「もう……止めて下さい。私がいくらでも代わりになります。だから、亜夜に辛く当たるのは止めてください……」  次々と溢れる涙は止まることを知らず流れていく。  母が今まで、私の知らないところで守ってくれていたことが痛いほど伝わってくる。  愛されていないと思っていた。どうして娘として生まれたのだろうと思うこともあった。そんな私を、母は母なりずっと愛してくれていたのだ。自分が犠牲になってでも。
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