火車

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 折れてしまえと投げ飛ばしたテニスラケットが派手な音を立てて壁に激突して跳ね返り、夕闇の路上に悲しげな音を響かせて転がる。 「勝てる訳無ぇだろ無理に決まってんだろ!」 『全国高等学校総合体育大会(インターハイ)』県予選出場メンバーの選抜試合を明日に控え、越前リョウは絶望の淵に立たされていた。  テニス部所属。3年。レギュラー経験なし。だがベストなコンディションで動けさえすれば、レギュラー5位辺りにはギリギリ勝利できるとは思うのだ。  だが明日の選抜試合。いきなりレギュラー3位の不二くんとの対戦。もう手も足も出せない未来しかみえない。 「俺に才能があればなぁ」 どうせ聞く者もない独り言、と緩んだ理性の蓋から願望が言葉となって流れ出す。 「俺だって頑張ってんじゃんよ。少しぐらい報われたっていいじゃんよ。何だよこのクソカード……」 「――よければ手、貸しましょうか?」  越前はそれが自分に向けられた言葉だと理解するまでに数秒を要した。  真横の電柱のすぐ隣。白いワイシャツにブラウンのスラックスとサスペンダー。琥珀色の飾りがついたロープタイ。白髪の老紳士、といった趣の男がそこに立っていた。 「な、何がですか?」 見られ――聞かれた?  老紳士は道路に転がったテニスラケットにゆっくりと近付き、上品に膝を曲げてそれを拾い上げた。 「なるほど。テニスですか」 耳を擦るような甲高い嗄れ声。ラケットを掌で器用に扱いながら呆れたような眼差しを越前へと向けている。 「腕を上達させたいのですか?でも物にあたるのは良くありませんね。悪いのはモノじゃない。悪いのは君の腕なんですから。それとも単にセンスが無いだけかもしれませんが」 図星を突かれ、越前の眉間に皺が寄る。 「何スかさっきから。人の事を下手糞だとかセンスが無いとか」 すると老紳士、ぐいと越前へ近付き、 「私ですね、この近くにレンタルショップを最近オープンいたしまして」 と言って両手で名刺を差し出した。  名刺には『何でも貸します【貸屋】 店長 加持谷』とだけ書かれている。 「お困りの様でしたので、声を掛けさせて頂きました」 不審者を見る目つきの越前に対し加持谷は、 「僭越ながら、お力になれると思いまして」 と目を輝かせて言った。 「テニスの技術(テクニック)――お貸ししますよ?」
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