毎日のごはん

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 時刻は18時になっていた。  集中していると、時計を見ることも少ないので時間の変化に疎くなる。窓の外が暗くなっていることにすら気付かない。  コーヒーをおかわりしようと、空になったマグカップを持って立ち上がる。  前にコーヒーをおかわりしたのは、15時くらいだっただろうか。その時にはリビングに蓮はいなかった。  買い出しに行っていたのだろう。その時覗いたリビングとキッチンは、昨夜までの荒れた状態からは想像できないほど片付き、清掃が終わっていた。  几帳面で掃除が上手い。恋人でも友達でもない、ある意味でのパートナーの知らない一面だった。  リビングに灯されたライトが、蓮の存在を示していた。どうやら帰ってきているらしい。  帰ってきている、と言うと蓮がこれからこの部屋に住むということを強く意識してしまい、嬉しいやら照れ臭いやら不思議な感情が渦巻く。  そんなことを考え、口元を緩めながらリビングに続くドアを開けると――。 「わぁ……」  すぐに異変に気づき、智穂は思わず声を漏らした。  煮込まれた牛肉と野菜、それを包み込む食欲を刺激するスパイスの香り――。 「先生、お疲れ」  そう言って労ったのは、エプロンをつけてキッチンに立つ蓮だった。 「どうしたの、コレ!?」  慌てて駆け寄ると、蓮が見つめる鍋の中にはカレーがコトコトと煮詰められていた。  少しだけ得意気に、蓮が鼻を鳴らす。 「カレー。作ってみた。毎日デリバリーとか惣菜じゃ飽きるかな、と思って」 「蓮って料理するんだ?」  またしても知らない一面だった。 「いや、しない」 「えっ」  智穂の驚きは即座に否定された。 「学生の頃はしてたけど、社会人になってからは殆どしてない。外食とか弁当とか」 「じゃあ、どうして?」  その質問は予想外だったのか、蓮は数秒間「ん~……」と言って首を捻った。 「なんでだろ? なんか、食べたくなった?」 「特に理由は無いんだ……」 「強いて言うなら――」  蓮の黒い瞳が、真っ直ぐ智穂を見つめた。 「これからしばらく二人で暮らすなら、初日はこういう家庭的なもを食べたいかなって」 「えっ……」  意識していなかったが、蓮はそこまで考えてくれたのだろうか。  確かにこれから期間限定とはいえ、一緒に暮らすのなら記念すべき最初の夕食として手作り料理をチョイスするというのは、何か特別感がある。  考えてみればお互いの食の好みすらあまり知らないのだから、カレーライスという嫌いな人間がほぼいない料理は至極正当に感じられた。  若干子どもじみた選択ではあるものの、智穂ももちろんカレーライスは好きだ。  蓮、そこまで考えて……。 「俺がね」  がくっ、と膝から崩れそうになった。 「ああ、蓮が食べたかったのね……」 「カレー、嫌いだった? 甘いもの好きそうだから甘口にしたんだけど……」  少し不安そうにカレールウの空き箱を見せる。そこには『甘口』と確かに表示されている。 「カレー、好きだよ。甘口が特に好き」 「よかった」  智穂が微笑んで見せると、蓮も同じように口元を綻ばせた。 「どうする? もう食べれるけど。 まだ仕事?」 「ううん。区切りがいいし、お腹も空いたし。食べたいな、カレー」 「そっか、じゃあご飯にしよう」
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