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夕食はカレーライスと、レタスにきゅうりとトマトが盛り付けられたシンプルなサラダだった。
「いただきます」
「はい、いただきます。口に合えばいいけど」
食欲を刺激するカレーの香り。
スプーンで掬って口に運ぶ。
「――美味しい!」
智穂好みの甘口カレー。
演技ではなく心から喜ぶ智穂を見て、蓮はホッと胸を撫で下ろす。
「よかった。カレー作ったのは数年ぶりだから、上手くできたか不安だったんだ」
「上手にできてるよ! だってすごく美味しいもん」
「材料を切って、煮込んで、カレールウ入れて。パッケージの裏に書いてある通りに作っただけだよ」
真正面から褒められて、少し照れる。
「えー。そうなの? 隠し味とか入ってるんじゃない? よく聞くじゃん、コーヒーとかチョコレートを隠し味にって」
「本当に何も。牛肉と玉葱、人参にじゃがいもだけ」
「それとカレールウだけで? それなのにこんなに美味しいの?」
智穂の称賛が止まらない。短い付き合いではあるが、智穂からこんなに褒められたことは初めてで、蓮は戸惑う。
「蓮って天才なんじゃない?」
満面の笑みでカレーを食べ続ける智穂。
「褒めすぎだよ。ただのカレーで」
「そんなことないよ。これは三ツ星レストランに匹敵するウマウマカレーだよ」
カレーを食べる智穂の、喜ぶ顔。カレーを口に運びながら蓮はぼーっとその光景を見ていた。
これまでに、自分が作った料理を誰かに食べてもらったことがあっただろうか。
蓮が己の記憶を振り返る。
前の恋人と会う時は殆ど外食で、手料理を食べたことも、振舞ったこともなかった。
料理を作るのは面倒で、時間の無駄だと思っていた。
でも――。
「……意外と、アリだな」
ぽつり、と蓮が呟いた。
「――えっ、何か言った?」
「何でもない。 ほら、それよりサラダも食べな。普段運動不足で野菜不足なんだから、健康に気を使わないと」
「はぁい。わかったよぅ」
渋々、といった表情でサラダに手を伸ばす。
「カレー美味しい――。久しぶりに人の手料理を食べた、って感じがする。デリバリーとかでき合い物ばっかり食べてたから飽きたのかな」
よほど気に入ったのか、智穂の手は止まらず皿に盛られたカレーライスはみるみるうちに減っていく。そして……。
「おかわり」
「はいはい。でも程々にな」
大げさに呆れたような演技をしながら、それでも喜んでカレーライスのおかわりの準備を始める。
その間、蓮の頭の中には智穂の喜ぶ顔が、鮮明な画質でリピート再生されていた。
お互いに二杯目のカレーライスを食べている途中、蓮が手を止める。
「なあ、智穂」
声につられ蓮の顔を見ると、その真剣な表情に智穂も、思わず手が止まった。
「どうしたの?」
「もし智穂されよければ……」
二人の視線が交わる。
「作れる日は、俺がご飯作るよ」
「えっ……?」
それは思ってもいなかった提案だった。
「もちろん毎日は作れないし、普段全く料理をしないから、大したものは作れない。でも、これから勉強するつもりだし、不味かったら残してくれて構わない」
「ど、どうして急に?」
「わからない」
本当に自分でも理解できない。蓮はそんな表情をみせた。しかし、それでも瞳は本気だ。
「わからないけど、作りたくなった。――それじゃ理由にならない?」
「動機としては不明瞭すぎるけど……。でも、作ってくれるなら、喜んでいただくよ。私は」
「よし、じゃあ決まりだな」
でも、それって私の原稿が落ち着いたら終わりだよね……? と、聞こうとしたが蓮は食べるのを再開していたので聞くに聞けず、疑問を解決するタイミングが訪れないまま二人はカレーライスを平らげてしまった。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末さま」
「この後は原稿の続きするの?」
「今日はもうやめとく。お腹いっぱいだし」
「進捗は大丈夫なのか?」
「おかげさまで、よゆーよゆー」
「それはなにより」
蓮が二人分の食器を手早くまとめ、キッチンへと運ぶ。
今度こそ洗い物は私が! と智穂が止める暇もなくカレー皿とサラダ皿をすすぎ始めた。恐らく私が洗うと言っても、蓮は聞かないだろう。と智穂は観念して食後の余韻に浸ることにした。
「ありがとう、蓮。昨日も今日も、迷惑かけちゃってごめんね」
「気にしなくていい。智穂は智穂にしかできないことをやればいいんだ」
手早くすすぎ終わった食器を食洗器に入れ、洗浄が始まると蓮はテーブルに戻ってきて再び智穂の前に座った。
「だから、今日は早く寝て、明日に備えな」
「はぁい」
蓮に促され、智穂は素直にその言葉に従うことにした。
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