うさぎ日記

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一二月九日(月)  本当に作業が進まない。提出日まで間に合わないかもしれない。ああ、どうしよう。本当にどうしよう。    マフラーを巻いて、アウターを着ている生徒が大半。もう少しで冬休みだ、そう浮足立つこの時期。私もその中に入っていて、例外ではなかった。  二年生は大きいサイズの作品制作はこの冬で終わりだ。来年は受験やら就職やらがメインになるので、今の期間が作りたい作品を作ることのできる最後の機会だ。「春休みが終わるまでには仕上げられるように」と顧問から提出日を設けられた。その間までなら数は問わないという。仕上げられた作品は来年度の新入生の部活見学期間に美術室や美術室前の廊下に飾られるらしい。  中学の時に最後に作った作品は六十号のキャンバスに描いた風景画。今回は思い切って百号のキャンバスに描いてみようと思った。顧問の先生が「一度は大きい作品作ってみるのもいいかもね」と勧めてくださったことも理由の一つ。  部活の時間にキャンバスの生地を貼る作業を沙彩が手伝ってくれた。何回やっても慣れない大変な作業も沙彩がいるだけで、手もくだらない話も止まることなく進んでいった。 「この中に絵を描いていくのはワクワクしちゃうね」  私の身長は一六〇センチほど。それくらいのキャンバスを組み立てた時の達成感と、それを立てかけた時の迫力は爽快だった。 「沙彩は何するか決まったの」 「去年の先輩が連作を制作していたから、それがいいなあって思っていて。テーマとかはまだ決まっていないんだけどね」 「連作なら好きな本とか映画とかからテーマを持ってくるのもいいかもしれないね」 「それいいね! それにしようかな」  自分で提案しておきながら、自分自身がなにを描くか決まっていないことを私は思い出した。 「志乃は? もう決まった?」  この広い真っ白な世界に何を置いたらいいだろう。誰の目も気にせず自由に描けるのなら。 「私も決まっていないんだよね。先生にお題でももらおうかな」  本人の前で言えるはずがない。本人以外にも言えないのに。 「うさぎ」  独り言のように聞こえたそれは、沙彩が私に向かって発した言葉だった。 「志乃の描いたうさぎを見てみたい」 「うさぎ?」  私は思わず吹き出してしまった。それに沙彩は「ひどい!」と頬を膨らませてしまった。  形だけでもと謝ったが、ことあるごとにうさぎを出す沙彩がなんだか可愛く思った。 「前に私も描いたでしょ? 志乃が描いたらどういう風になるのかなって」 「ふうん。描いてみようか、うさぎ」  私がそう言うと沙彩は急にあたふたと慌て始めた。 「本当にいいの!? こんなサイズで描くこともうないかもしれないのに!」 「提案してきた本人がそれを言うか」  私のうさぎは沙彩だから。 「一番しっくりくると思う。うさぎが」  沙彩はその言葉で先ほどまでの表情が和らいで、目を細めて口角をきゅっと上げる。  この真っ白な世界にうさぎを、愛らしい象徴を生かせよう。  
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