うさぎ日記

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 そう決めた十二月。  それでも私の「表現したい」という思いとは反比例に私の手と思考は停止してばかりだった。彼女がうさぎを描いてほしいと提案してくれた時、密かに彼女を描ける切符を手にできたと思った。  私はそれを無駄にしようとしているのか。  彼女と話しながら窓が反射で鏡のようになるくらい陽が沈むまで作業をしていても、彼女がアルバイトで私一人だけの時でも。キャンバスを目の前にすると何も思いつかない。描きたいことは明確なはずなのに、手と脳が連携されていないみたいだ。  下書きをスケッチブックに描いて、納得がいかなくて消しゴムで消す。そのたびに沙彩が私に言ってくれた言葉を思い出す。 「ああゆう絵が描きたいと思った」 「一気に引き込まれたの」 「美術部! に入りませんか」  今の私にはあの頃の私の絵を追い越せる絵が描けない。沙彩の言葉が私の頭の中を駆け巡る。  今も美術室前の廊下で大きなキャンバスの前で、ひとりただ茫然と椅子に座っている。気晴らしにスマートフォンにイヤフォンを差して音楽を聴くけれど、耳から流れてくる歌詞と頭の中で勝手に溢れ出てくる言葉が攪拌されて、私を惑わす。 今日も描けないのか。ラフスケッチすらも描けずに一週間が経とうとしている。 陽が沈んだ街灯しか頼りにできないひとりの下校は、自分自身も知らぬ間に私を消してしまうくらいに寂しかった。 次の日、沙彩と偶然にも登校中にばったりと遭遇した。登校の時間がお互い違うので、登校中に会うことは今までほとんどない。その日は朝から雨が降っていた。学校に着く頃には靴下がびしょ濡れになりそうだったから、鞄に予備の靴下を入れておいた。 沙彩は私のことを待ち伏せしていたみたいだ。私を見つけるなり、雨が自分のほうに弾くのもおかまいなしに駆け寄ってきた。彼女はまぶしい太陽を張り付けたような満面の笑みを私に向ける。そしてこう言った。 「優斗くんと付き合うことになったの!」
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