うさぎ日記

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 翌日、彼女が目を覚ます前に布団から出た。そして、静かに布団を畳み制服に着替える。 さっきまで隣にいた彼女は控えめに寝息を立てている。 「好きな人、本当はいるんだけどね」  なるべく音を立てず彼女の部屋を後にした。  玄関は既に開けられていて、沙彩の両親がスコップを手に長靴を履いて除雪作業を始めようとしていた。私は二人に挨拶をして、自分の家まで歩き始めた。「朝ご飯は食べていかないの?」とありがたいお誘いは丁重に断った。 夜中の間に積もった雪が絨毯を作っていた。服の間まで侵入してくる冷気は眠気を許さない態度だ。  「これからどうしよう」そのことだけが私の課題内容。とりあえず本塗りを終わらせないと。彼女にうさぎを見せることができない。  真っ白な雪をキャンバスだと見立てて、完成形を想像した。  一月七日(火)  先に黙って帰ってごめんね。一応、お母さんには挨拶をして出たよ。 (学校で会ったら何か言い訳してでも謝る!)  ※家に日記を置いていたから本当は八日に書いている  私の日記は、中学の時の美術部の顧問が言われた言葉に影響されて始まった。部活に少しずつ行かなくなり始めた頃。昼休みの時間に廊下でたまたま顧問と鉢合わせた時だった。「最近、忙しいみたいですね」と話しかけられた。さぼっているだけなので忙しいよりも暇を持て余している、という旨を言えるわけがなかった。その場の言葉が見つからずただ目を泳がせることしかできなかった。先生は独り言を言うように、私に優しかった。 「私は教員になってから日記を書いているんです。一行の日もあれば、気持ちがあふれ出して見開きの片方を埋めてしまう日もあります。人に話を聞いてもらっているような気分になって、ストレス解消になるんです」  部員の誰からか話を聞いたのかもしれない。いつも一緒にいるグループがいきなり分裂するのだから、察することも容易なのだろう。この先生は必死に「話聞くから!」というタイプではないからこの方法を選んだのだと思う。 「日記は、どうせ自分にしか見えないのだから秘密もそこに閉じておけるでしょう」  そこまで言って先生は「描きたくなったら、また部室に来てみてください」と言い残し、私の横を通り過ぎた。
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