うさぎ日記

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 沙彩が優斗くんを好きになったきっかけ。たまたま私が家の用事で部活に行けなかった日のこと一人で絵を描いていた沙彩に優斗くんが話しかけた。 「その絵、かわいいね」  穏やかに男女平等に話すことのできる彼ならそういう会話もありえるだろうと思った。そこから弾む会話。その日は部活終了時刻まで、二人で好きなイラストレーターの人の話やクラスのことについて話していたという。  優斗くんの柔らかな口調、優しい笑顔にきゅんとくるものが沙彩にはあったらしい。その話を聞いた時に、実は優斗くんは最初から沙彩に気が合ったのではないかと私は思った。  その彼女の好きな人と同じ空間にいる状況。放課後、美術室。「ちょっと、志乃」彼女は小声で私を呼ぶと、そっとその人の方を指さす。 「かっこいい」  その意中の人はキャンバスに向かって時々首をかしげながら絵を描いている。初めて聞いたことじゃない。彼女も初めて言ったことじゃない。好きな人はいつ見ても新鮮な魅力を感じることができる、ということを彼女から私も体験している。 「今日、話せたの」  そう聞くと、彼女は首を横に振りながら、幸せそうに深く息を吐く。私はもう一度、彼の方を見た。私には普通の同い年の人にしか見えない。沙彩から見た彼は今どんな風に見えているんだろう。 「本当は話しかけたいの。でも、何の話題を出せばいいのかわからなくて」  やっぱり幸せそうに悲しみを紡ぐ。そんな彼女の言葉と態度がなぜかもどかしく感じる。 「沙彩ならそんなことで悩むはずがない。普段の沙彩でいいのに」 「あの人が『好きな人』だからってそんなに悩むことないのに」  彼女が求めていない言葉ばかりが思い浮かぶ。  私に話しかけてきた時はここまで悩んでいたのだろうか。アルバイト先の本屋で勤務中に突撃してきた時、その次の日に教室にわざわざ来た時、美術部に勧誘してきた時。  沙彩のことを考えたら、もっと共感したりとか「こうしてみるのは?」と提案してみたり。そういうことをするべきなんだろう。  最初は「可愛いな」と思って話を聞いていたはずが、私の中でだんだん暗い良くない気持ちが膨らんできた。沙彩だけじゃない、彼に対しても。『優斗くん』と名前を聞くだけでも、たまたま廊下ですれ違う時も、胸の中のどこかがざわつき始める。  彼を想って赤らめている顔を見るより、私とくだらない話で笑って、私を笑わせてほしい。
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