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沙彩の相談を受けることが日課になった。そんな今日この頃の帰り道、私は沙彩の相談を受けている時にある提案をしてしまった。
「部活行く時に『一緒に行こう』って誘ったら、話す機会も今より増えるんじゃないかな」
話せないと悩んでいた沙彩に向けた言葉。
「でも、志乃といつも行ってるから」
「私のことはいいから。私と沙彩はいつでも話せるけど、優斗くんのことになると沙彩はおくてになっちゃうじゃん」
最初は「勇気がまだちょっと」ということで、私も同行して優斗くんを誘って部室に向かっていた。
「今度から私一人で誘ってみるよ」
勇気を振り絞った沙彩の一言。私は笑顔で「頑張って」
そう言って送り出した。後悔なんかしていない。したくない。
それから、教室を一人で出て、部室に一人で入って、沙彩が来るのを待つ。沙彩は優斗くんと部室に来ても、律儀に私の隣に必ず座ってくれる。これもまた勇気が出ないからだと思っていたが「同じ机で描くとか緊張して、無理だよ!」とのことらしい。そんな理由でも私の隣にいてくれることは、この上なく嬉しいことだった。
「最近、あの子来ないんだね」
いつも通り、部室に向かおうと鞄の中に荷物を詰め込んでいた時だった。
「喧嘩でもした?」
「え?」
隣の席の千尋くん。苗字はやっと覚えた。『上村くん』だ。千尋くんはまだ席に座ったまま、頬杖をついている。
「あの子、なんかふわふわしてる。『きくち』っていったっけ。毎日のように来てたじゃん」
「そう『菊池沙彩』だよ。一組の。あと別に喧嘩したわけじゃないよ。今も普通に仲いいし」
「じゃあ、何で来ないの。女子っていつも誰かしらとつるんでるじゃん」
こんなに千尋くんと話をしているのは、初めてのことだ。しかし、何で千尋くんは私と沙彩のことについて聞いてくるのか。あと女子への偏見も。だいたいあっているけど、そうじゃない人もいるだろう。けだるげでミステリアスな表情から何かを読み取ることは難しい。
「いや、特に、理由は」
その時だ、廊下を優斗くんと沙彩が私たちの教室の横の廊下を通り過ぎた。一組の沙彩、二組の優斗くんが部室に行くには三組を横切る必要がある。千尋くんにもその光景が見えたのか。
「ああ、あいつか」
「あいつって優斗くんのこと、知ってるの」
「うん、家が近所で、幼馴染っていう感じ」
これは初耳だ。沙彩から優斗くんのことを聞いていても、彼の魅力とかそういうことしか聞いていなかった。だから交友関係は知らないままだった。
「そうなんだ。じゃあ中学も一緒だ」
「ああ、小学校から一緒。てか、幼稚園から一緒」
と、いうことは十年以上も一緒ということか。そんな偶然が存在してしまうんだ。私には幼稚園から高校まで一緒な人は一人もいない。
「なんかさ、取られた気分にならない?」
ぼそっとつぶやく千尋くん。その視線は廊下の方へと向いていた。
「取られる」
「そう、友達に恋人ができるとさ、急にそっちの方を優先するじゃん」
沙彩はどっちなんだろう。私のことも優斗くんのこともどっちも割合的に表すことは難しい。
「俺の方が付き合い長いのにな、とか思うんだけど。有岡さんは菊池さんにそう思わないの?」
もし、私との時間が急激に減って優斗くんとの時間が急激に増えたら、私はどう思うのだろう。
気づかないふりをしていた、心の芽が土から顔を出しそうな予感がした。
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