序章

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 老婆の名は、コトという。ラヨルの民に対応するべく生まれた武術である「イョウラ」の継承者であり、フィルトやタスクにそれを教えている、二人にとっては師匠にあたる人物だ。そして同時に、育ての親である。フィルトやタスクの親は、彼らが幼い時に、ラヨルの猛攻の犠牲になったのだ。二人に、その時の記憶はない。物心がついた頃から、二人は共に、コトのもとで暮らし、イョウラの修行を行っている。 「タスクが……ラヨルの長にやられました」 「ほう」  コトは、息を吐くようにそう言った。フィルトの言葉に、動じる様子はない。 「命は助かったけど、かなりのダメージを負っています。今は村の救護室で休んでいるけど、結構落ち込んでいるみたいです」 「笑止。ラヨルの長を、そう簡単に討ちとれるとでも思うていたのか」  コトは、弟子の惨状を憂うこともなく、冷たい声でそう言った。 「貴様共の技量でラヨルの長を討ちとれるなら、もうとっくにあの者共は滅びておるわい」  フィルトは、雨に濡れそぼった拳をぎゅっと握り締め、コトを見下ろしていた。雨は止む気配をみせず、闇を濡らしている。
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