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後から知った事だが、棟梁の
「絶対番号変えんなよ?」
の必死の訴えは以前付き合っていた女性に急に音信不通にされたというショックの表れだったそうだ。
つまり棟梁はその時には少なくとも私とは繋がっていたいという存在だった、という事だ。
それがアピールという意味で捉えるには私には全く響かなかったのだが、、(普通解るのか??)
初めて仕事をしてからの次の仕事に行くまでやはりそんなに時間はかからなかった。
何故なら棟梁からの電話が頻繁に入るのだ。
そもそも初めての仕事の時の棟梁の存在、死後との内容、どちらかというと楽しい部類だったので、まだ仕事に就けずもて余してた私は何度か手伝った。
幾度か仕事を手伝う様になってからというもの流石に色々見ているだけで覚えて行く事、棟梁の動きの先読み等が出来る様になってきた。すると当然質問も会話も増える。
私は大工ではない。
しかし常に二人で仕事をしていると次に大体何をやるのか?今必要な道具は何なのか?そろそろ片付け、掃除に入った方がその分棟梁にしか出来ない仕事が出来るのではないか?
呼吸が揃ってくるとそれはまるで手術をする執刀医と器械出しの看護婦の様な状態になってくる。
自分が役に立てているな?と思うと当然嬉しくなるし、もっと必要とされたいと思うのは自然の原理だ。
私は確かにきっかけはテーブルの下での秘密の手繋ぎだったかも知れない。
けれど一緒に仕事という同じ時間を過ごす事によって棟梁という人に好意を持ち初めていたのは間違いなかった。
まず惹かれたのは、やはりその職人技の美しさだった。スケールひとつ、金槌(棟梁はナグリと言う。)を間違いなく振り下ろす姿。な何もない所から完璧に物が出来ていく所。
一つ一つが新鮮で素晴らしかった。
次に惹かれたのは棟梁の中身だった。
控えめに言っても棟梁はイケメンではない。どちらかというと強面である。
こてこての関西弁で声はデカイ。そして敬語や丁寧語を知らない分初見は威圧感が凄いと言うのは前にも書いた。
つり目で強面、無口なので黙っていると常に怒っている様に見える。
喋る時間が増える事によって中身が分かってくる様になった。
基本話しかけなければ棟梁から話をしてくる事はない。
でも話しかけるとざっくばらんに話をしてくれる。
とにかく聞き上手なので私は聞かれてもいない様な事でもいつの間にかどんどん勝手に喋っていた。
仕事の事、うつ病の事、
プライベートの事って無理矢理聞き出されると苦痛でしかないが、ただこんこんと耳を傾けてくれると、ついつい自分から話してしまう程、棟梁は話しやすい人だった。
共感も応援も指摘も同情もない、ただ聞いてくれるだけだ。私はそれが心地よかった。
こちらからたまに話をふらなければっ!と思わなくても棟梁はいつも黙ってタバコを吸うだけだ。
時期的にというのもあるが仕事と人生に疲れていた私に棟梁の存在はただただ癒しだった。
別に理解して欲しかった訳ではない。しかし誰にも言えない鬱憤の様なものは確かにたまっていたなのかも知れない。
棟梁はどうだろうか?
私は時間が経つと共に棟梁に好意を寄せていたが、棟梁は顔に殆ど気持ちが出ないし無口だしなのでいまいち読めない。
ただ毎回仕事をが終わると
「お疲れさん!」と一緒に「番号変えんなよ。」が口癖だった。
一つの現場がやっと終わった頃、棟梁が「今日は打ち上げや!!」
と言って事務所にトラックを置いてから食事をご馳走してくれる事になった。
「いやぁ、助かったわ、今回の現場。分かるやろ片付け、掃除の重要性が。わしのやってる仕事なんて細かいとこなんて誰も見とらへん、要はどんだけ片付いてる部屋で動けて最後まできっちり掃除が出来るかやねん!」
とお酒も入ったからなのか、かなり饒舌に語りだした。
「真由、大工のセンスあんで」と棟梁が私を持ち上げる。
「流石にそれはないですよ。でもお役に少しでも立ててるなら私は嬉しいです。現場も楽しいし。」私は相変わらず烏龍茶チビチビ。
私は棟梁に好意は持っていたが、お付き合いをするとかの好意ではなかった。ただ歳も離れてるし友人ってのも変だし、一番大きな壁になったのは、いくらバツイチとはいえ棟梁には二人のお子さんがいる。育てているのはどうやら元嫁さんらしいけど、流石にそれを越えて「お付き合いしてまーす!」という関係になるのもどうかな、、と思っていた。
会食が終わる頃には棟梁はとにかくよく喋る様になっていた。所謂酔った勢いというやつか。いつもと立場が逆転していた。
今度は私が聞き役に徹していた。
食事がお開きになり事務所に戻り、私も自分のマイカーに乗ろうとしたその時だった。
運転席のドアに手をかけたその私の後ろ姿からガバッと棟梁が抱き締めてきた。
「え、えっ!?」
驚きでドアにかけていた手を離した。
そして棟梁の腕の中で身をよじり、棟梁の方へ向いた。
「ちょ、、棟梁?!どうしたんですか?」
棟梁はお酒臭かった。
でも私がいくら身を動かしたとしても抱き締めている両手を離すつもりは全くない様だった。
私は棟梁が抱き締めるだけで何も言わないので、ただ黙って抱き締められてる事以外出来なかった。
勿論ビックリはしたけど嫌ではなかった。
ただほんといつも驚かされる人だなぁ、、(汗)
何分かそのまま経って棟梁は腕を緩めた。
棟梁は勢いで抱き締めたはいいが、それを何て言葉で続けるべきか悩んでいる様だった。
(え?、、もしかして、、可愛い?)
もじもじしてる今まで見た事のない棟梁姿をを見て、私は思わず何も言わず両手で棟梁の頬に手をあてると顔を近づけ、こちらリードでキスをした。
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