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棟梁は手先は器用だが口はかなりの不器用だというのはこの先もずっとだ。
うまい事が言えないのだ。
当然甘い言葉や愛の告白なんてとんでもない人だった。
あの日抱き締められて、私からキスした日だって。彼の言葉は思いっきり考えて出した
「真由、わし、好きやねん。」だった。
私の気持ちを聞く事もなく、またもう一度肺が潰れそうな位抱き締められただけだった。
私はそれから結構頻繁にお仕事を手伝う様になった。
棟梁は私の事が好きって言った。
私も言ってはいないがキスをした。
両想いと言ってもいいだろう。
しかし棟梁は平日仕事日は何にもしてこないし言ってもこない。そんな日が続いた。
あのキスは、あの狂おしい程のハグはいったい何だったのだろうか?
後々、ずっと後々になって、当時の棟梁の気持ちを聞いてみた。
殆ど一目惚れで、でも何て言っていいか分からず、酒の勢いで手を繋いだ。
その後も何とか連絡が取りたかった。
嫌われてたらどうしようかと、電話が繋がった時はとても嬉しかった、と。
現場に来てくれた時もドキドキして何も話せなかった、と。
いいおっさんが、乙女かよ!?
と思った。
私はそんな素振りは全く分かってなかった。
彼は相当の不器用な様だ。
私はそうとも知らず普通に対応した。
特に進展がないまま「この人何考えてるのかなぁ?」と思いながら日々を過ごした。
少し変化した事があるとすると以前より休憩時間に無駄話をする時間が増えた事位だった。
私もそれなりに恋愛はしてきたつもりだが、こんなに態度や顔にでない人は初めてだったので「これが大人の関係というやつか、、、」というかなり軽いのり位に考えていた。
さほど真剣ではなかった。
だが棟梁は余りに緊張しすぎて対応が分からなかった、と後々気がつく。
やがて軽口を言う位の仲になる頃、私は微かな異変を感じる様になった。
だいぶ棟梁も私に慣れてきたのか、それとも更に距離が縮まる事に動揺したのか、
例えば道具を運ぶ際身体が触れる、狭い所の作業をする際密着する事に棟梁がいちいち反応するのだ。
拒否ではない。一瞬固まるというか、緊張しているというのか?
私は確認したかった。
それが拒否なのか?そうでないのか?
嫌悪なら離れた方がいいと思ったし、あの時を後悔して距離を置きたがっているのならその方がいい。
これは賭けである。
一服の時間は必ず棟梁はタバコを吸う。
私はわざとそのタバコを吸っている棟梁の側に寄ってみた。
するとどうでしょう?50センチ以内に侵入するとジリジリ離れるのだ。でも嫌がっている素振りはない。
これは逃げ場があるので今度は狭い現場の作業中に明らかに身体を密着させてみた。
勿論寸法を測っている棟梁の邪魔にならない様にその場に必要な道具やビスを自然に手渡す感じに。
ここでは逃げ場がない。さて?どうするか?嫌なら「狭い!」とか「邪魔!」とか言ってもいい。私を排除するにはいくらでも言い分はある。
棟梁の身体は緊張していたが拒否はしなかった。逆になんだか困った様な、そんな顔をしていた。
そうか!嫌がられてはないんだ。
まぁ好きだと言われたのはあながち間違いてはなかっただろうし、本当に嫌なら連続して現場には呼ばないだろう。
「棟梁?何でそんなに私が近づくと緊張してるんですか?」
単に不思議に思ったから聞いた。
暫く黙っていた棟梁、、流石にこれでは仕事に支障が出ると観念したのか、、、
「近いねん、、、」
「え?何がですか?」
「お前の顔が、、、」
「嫌なんですか?なら気を付けますけど。」
「いや、、、そうじゃない。ドキドキすんねん。、、、ほら、、胸とか当たるし、、、」
えええっ!私よりだいぶ歳上の棟梁がそんな事でドキドキするの!?それにびっくり!
「いつまでもそんなんじゃ仕事に慣れませんよ。いい加減慣れて下さい。」
私は拒否されてないかった安心感と相変わらずこの人可愛いなぁ、とギャップ萌えしてしまいそうだった。
基本的に現場は常に二人きりだ。
棟梁は多分私を意識し過ぎている。だから何にも出来ないのだ。
そっちがその気なら待っていても何の発展もない。
私は腹を括った。
「棟梁ーー!ここは5.5のベニヤ張りでいいんですねー!終わったら確認して下さいね!」
私はもうその位には仕事は出来る様になっていた。
こないだまで手ノコでカットしていた物も今では丸ノコを使うまでになっていた。
私はまだまだ自分の任された仕事に自信はない。だから最終点検は必ず棟梁を呼ぶ。
「これでいいでしょうか?」と私最終点検をお願いした時、半分冗談で言ってみた。
「上手に出来てたら、ご褒美にハグして下さい。」と。
面食らった棟梁、しかも現場だし少し躊躇。
でも少し考えた後に、ぎゅーーーーーっとハグをしてくれた。純粋に嬉しかった。
場所がいつ急な来訪者があるか分からない現場では更にスリルが興奮を呼ぶ。
私の身体はすっかり棟梁が欲しい身体になっていた。
就業時間、片付けも終わり、コンプレッサーの電源を落とした現場は急に静寂を告げる。
だとしたら私達の仕事は終わりで後は帰宅するだけだ。
とはいえ、今日はお互い帰り辛かった。
もっとこのまま一緒にいたかった。
どちらが誘うわけでもなく内鍵をかけた現場で私達は抱き締めあった。
今までのお互いのたがが外れた様に今までで一番キツく、狂おしい位に抱き締められたし抱き締めた。
作業途中で、決して綺麗とは言いがたい所で、私達はお互いの唇をまず貪る様に求め合った。
勿論寝転ぶ所などない為お互い立ったまま抱き合い、キスしあった。
棟梁の息づかいが荒い。
唇が離れると唇が離れる事を嫌がる様にまた触れる。
棟梁は私の腰を掴み、私は棟梁の頬に手をあてる。
角度を何度も変え更に深く交われる様に何度も何度も求め合う。
唇の膨らみを吸う。棟梁は舌をいれてくる。
お互いの舌は絡み合い求め合い、そして吸う。
いつしか現場は静寂であったはずなのに激しい息づかいと求合う唇のいやらしい音に包まれていた。
「んっ、、、っはぁっ、、んんっ、、」
そこにつかの間程の休息はない。
ちゅっ、、 んぱっ、、くちゅっ、、ぴちゃっ、、じゅっ、、ぱっ、、じゅじゅっ、、
「真由っ、、、、、はあっ、、はあ、、」
息継ぎをするかの様に大きく息をして私に吸い付く。私もそれに合わせる。ただもう生きているのは唇とその中で蠢く二つの舌だけだった。
唯一現場の中でこ綺麗な石膏ボードが積み重ねてあるそこまで私は追いやられ、肩甲骨がボードに触れた時、真上に棟梁を見た。
二回り歳上とは思えない、切なく、だだっ子の欲しがっている目が、そこにはあった。
純粋に「可愛い」と思ってしまった。
眼下に私を捕らえ、棟梁はその先に行ってもいいかどうか目で訴えていた。
あまりに可愛すぎたので少し意地悪したくて、「ねぇ、棟梁。今日はもう遅いし明日にしませんか?」と言ってみた。
確かにもう現場を出ないと近隣住民に怪しまれる。
最近はとてもうるさく音を出して工事していても苦情が来たり、現場に早く着きすぎても遅すぎても苦情。
というなかなか大工泣かせのご時世になってきているみたいだ。
それにこの楽しみだけを勢いだけで簡単に終わらせるのは嫌だった。
もっと時間をかけて楽しみたいと思った。
棟梁は少し肩すかしを食らったのか、残念そうに「そうやな、、、」
と素直に従ってくれた。
明日は非常に楽しみな現場になりそうだ。
初めてきっかけを作ってあげた。棟梁は明日どんな顔で現場に来るんだろう?
それも楽しみであった。
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