前世鏡で、転生したら絶世の美少女

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 婚約も結婚も、王族として生まれたからには避けて通れない定め。  栗色の髪を爽やかに乱し、息を弾ませて現れたのは、隣国の第三王子ネイサン。甘く整った顔に愛想の良い笑みを浮かべて、不必要なほど親しげに話しかけてきます。 「誕生日に遅れてしまったけれど、今日の晩餐会ではよろしく。僕たちの仲の良さは両方の国も認めるところだし、そろそろ公認の関係となっても不思議はないよね。ふふっ」  王族用語で言うところの「いつまで婚約から逃げているんだ」です。私はこの王子が苦手で、いつも婚約の話が持ち上がるたびに「まだ早いです(絶対嫌です)」と言い続けてきたのです。  何しろネイサンは女性とあらば口説くのがマナーと思っているらしい方なのですが、社交辞令でとどまらなかった相手とは遠慮なく火遊びしているともっぱらの噂です。その上、私に関しては「顔と体が好み」と言ってはばからないそうです。なんでも男性たちの間には「抱きたい姫ランキング」があり、「絶対にレオノーラは自分のものにする」と吹聴しているのだとか。兄のリンド情報です。烈火の如く怒っていましたが、現状婚約には釣り合い的に申し分ない相手でもあり、どうしても候補から外れてくれません。  それだけでも鬱陶しいのに、まさかサイラスとの面会の場に現れるとは。  私は扇を開いて自分をゆるく扇ぎながら「何か御用ですか」と慇懃に尋ねました。 「御用も何も、君の顔を見に来たんだよ。一緒にお茶をしよう?」 「招いた覚えはありませんし、私はこれからこちらのサイラス導師と過ごすんです」 「僕がいたって構わないだろ。まさか逢瀬でもあるまいし」  すごく久しぶりのサイラスとの再会を邪魔しておいて、この言い草。 「姫、お邪魔であれば……」  状況が飲み込めていないなりに、サイラスが気を使って言ってくる。 (それはそうよね、顔見知り同士の若い王族が自分抜きに話を進めていれば、帰った方が良いかと勘違いしてしまう……)  どうにかしてサイラスを引き留めたいと思いつつ、私は何も言えずに心の中で念じました。 “ネイサン王子には迷惑しているんです。私が好きなのはサイラスだけなのに”  途端、サイラスがびくりと肩を震わせました。そのまま、すうっと視線をあたりの木立から空へと向けます。 (もしかして、魔術感知で私の念が伝っているの……?) “ミラーさんです、ミラーさんここにいます!! 気づいて、サイラス、私がミラーさんですよ!!”  たとえ氷結の男と言われていても、昔なじみのお願いなら聞いてくれるかもしれない。だいそれたことではなく、この場に現れた邪魔な男を排除して、二人で少しの間過ごしたいという、それだけの願い。  高く遠くを見ていたサイラスの目がゆっくりと下りてきて、私の顔をじっと見つめてきました。 「レオノーラ姫……?」  サイラスのひどく固い声。私が答える前に「姫、僕を無視しないでよ」とネイサンが不躾に会話に割り込みつつ、二人の間に体をねじ込んできます。  サイラスが片手を上げて、ネイサンの額に人差し指を突き立てました。  その次の瞬間、ネイサンの体が吹き飛んで、離れた位置にある木に打ち付けられ、地面に落ちました。サイラスの目はそちらを見ることもなく、私を見ています。 「姫、いま何を考えていましたか?」 「ごめんなさい」 「なぜ謝ります。聞いたことに答えては頂けませんか?」 「ごめんなさい、とても言えない」 「どうしても……? 自白を強要する魔法くらいわけないんですよ、言ってください」  精巧な美貌にひんやりとした空気をまとわりつかせながら、サイラスは恐ろしいことを言ってきます。  私は浅い呼吸を繰り返しつつ息を整えて、意を決して告げました。 「裸を思い出しちゃって。あなたの」 「妄想ではなく、確実に『見た』様子ですが、どこで見たんですか?」 「あなたの家です」 「へぇ……どうやって入ったの? どこからどんな風に見たの? 怒らないから言ってごらん?」  怒らないというわりに、口調がすでに怒っています。  私は緊張で体をがちがちにしながら、なんとか言いました。 「鏡から……鏡で……あなたを私に映して見てました」  サイラスは骨ばった長い指で私の顎をつまみあげ、自分の方を向かせて視線を合わせて口を開きました。 「いま、すごく懐かしい声が聞こえた気がしたんです。ミラーさん、そこにいるんですか? どんな邪法でその体の中に俺の愛しいミラーさんを留めたんですか?」 「違っ……私がミラーさんなの。人間に生まれ変わったの……! 私はあのとき割れたあなたの鏡です!」  途端、サイラスの痛いほどに食い込んでいた指が外れて、顎が自由になりました。  サイラスはといえば、なにやらものすごく落ち込んだようにその場にしゃがみ込みました。「サイラス……?」と私が声をかけてしゃがもうとしたところで、立ち上がったネイサンが突進してきました。 「お前、ふざけ」  皆まで言うことができず。  一瞬サイラスが顔を向けただけで再び吹っ飛び、遠くの生け垣にお尻から突っ込んで「ぐふ」と声を上げて動きを止めていました。  サイラスは自分が一瞬前にしたことを忘れたかのようにすみやかに立ち上がると、私の手を取って目を見つめてきました。 「疑ってごめんなさい。生まれ変わってくれてありがとう。結婚しよう。今度は割らない」 「私、今は鏡の姿ではないですけど大丈夫ですか?」  確認した私をしげしげと見て、サイラスは「俺は鏡に映った自分の姿に惚れたわけではなく君の心が好きだったし、今の姿も好きだよ」とあの頃と同じような熱烈さで愛を囁いてから、頬に唇を寄せてきました。
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