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#11
「さてと、あとは警察に電話して、殺人鬼がやって来て殺されそうになったので、カッターを奪って組み合ってるうちに切ってしまった、といえば、正当防衛になるだろう」
倉持が、椅子から立ち上がる。
「ちゃんと警察には話しておきますよ、なんでみんな死んだのか」
父親が怪訝な目で倉持を見る。
「みんなってお前・・・」
カチカチカチという、カッターの刃が鞘から出る音を、松崎は聞いた。
そして、父親の悲鳴。
「た、圭史!何を・・・!!」
父親の叫び声が店中に響く。
カウンターの中を暴れ回る音と、喘ぎ声。
そして、助けてくれー!という父親の声。
しかしそれも、長くは続かなかった。
やがて、何の音もしなくなった。
「オヤジは死んだよ。あっけなかったな」
倉持は、カウンターの中の椅子に座り、横たわって動かなくなった松崎につぶやくように語りかける。
「あんなにあっけなく死ぬなんて・・・俺が恐れていたオヤジも、ただのハゲたおっさんだった」
松崎に視線を向けた時も、目の焦点は定まっていなかった。
「最初におんたがトイレに行きたいと言った時、行かせてもよかった。だけど、あんたはきっとオヤジを殺すと思った。それで、壊れてると言った。あんなには殺させたくなかった」
一種の間が開く。
血のべっとりついたカッターを持ち上げて言った。
「俺がこの手で・・・殺したかった。絶対、俺が殺したかった」
我に返るように、ハッと息を吸った。
「あんたも、もう死んじゃった?せっかくかっこいいラストシーンだったんだけどな。オヤジの慌てぶりったら、マジ、笑えた。あんなに偉そうにしてたオヤジがさ、汚れた液体を吹き出してのたうちまわって、ヒーヒー叫んでさ。ハハ。頸動脈の切り方、うまくできたから見てほしかったけどね」
そういうと、手に持っていたカッターナイフを松崎の動かなくなった手を開き、無理矢理、握らせた。
「万引きの客も、僕の父親も、全部、お前がやったんだ。無差別殺人成功じゃないか、おめでとう。お前を殺したのは、オヤジにするよ。ナイフの指紋はあんたとオヤジのものしかないからね」
倉持は手袋をした自分の手を、松崎の顔の前でひらひらさせた。
「なんで手袋したか、これでわかったろ。俺、頭いいだろ。死んだやつらはみんな、バカ」
店のガラス窓の外に視線を向ける。さっきまで真っ暗だったが、外はすでに夜明けを知らせる、濃いブルーに染まっていた。
「カッターナイフで僕が脅された時から、オヤジを合法的に殺せるかもって、直感した。そして、ぜーんぶ、俺のシナリオ通りにみんな動いた。万引き野郎だけはイレギュラーだったけど、思った通りあんなは、殺した。我ながら完璧だったと思うよ。まぁ、金の隠し場所はわからないままだけど、そのうち手に入るだろ。それより、オヤジを自分の手で殺したのは、サイコーの気分だった。もちろん事件の首謀角は全部、あんただけどな」
遠くを見ていた倉持の視線が、横たわって動かない松崎に移る。
「あんたに虐待されていた話をしたのは、正解だった。無差別殺人なんかするバカはだいたい虐待されてるもんだからね。前科もんって似た境遇の人間は殺せばないだろうって思ったんだよ。思った通りだった。あんたは俺を殺せなかった。俺の勝ちだ。虐待同盟だっけ?マジ笑える。ほんとにバカって可哀想だよ」
倉持は腕時計を見る。
「もうじき夜が明ける。今夜は開店以来、一番、盛況だった。あとは警察に通報して、シナリオ通り、あんたは凶悪犯として死んだことになり、俺は父親を殺された可哀想な青年となる。めでたしめでたし」
その時、倉持は松崎の口が、かすかに動くのに気づいた。
「おやおや、まだ生きてたのか。しぶといやつだなぁ、さすが前科者だ。僕のラストシーン見てた?」
何か言おうとするように、松崎の口が動く。
「なんだよ、聞こえないよ」
倉持は、松崎の口に耳を近づける。
「何か言いたいことがあれば聞いてやるよ。哀れな凶悪犯の最後の・・・ウッ!」
倉持が、目を見開く。
「お、お前・・・!!」
倉持には、見えていなかった。
カッターナイフを持った松崎の腕が、スローモーションのように音もなく持ち上がっていたことを。
倉持の頸動脈を、一刀両断断のもとに截ち切るのを。
松崎の口元が、笑っていた。
息をせずに。
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