松崎武

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#9  死体を事務所まで運んだ2人は、荒い息を吐き、額の汗を拭った。  松崎が、ジャージ男の腹を蹴る。 「クソ重てえんだよテメェは」  回転椅子に腰を下ろすと、突っ立っている倉持に言った。   「店長よ、1億を拝む時間だせ」  すかさず、倉持が言う。 「条件がある」  倉持の言葉に、松崎の眉間が深くなった。 「なんだと、条件?」 「・・・俺も、金が欲しい」  松崎は、ニヤリと笑った次の瞬間、立ち上がると思いきなり倉持の胸ぐらを掴んだ。 「調子に乗んじゃねぇぞテメェ。そんなこと言える状況じゃねぇってわかってねぇみたいだな」 「わかってる、少しでいいんだ「 「それは金をを見てから俺が決める。わかったか」 「あ、ああ、わかった」  松崎は倉持を威嚇しながらも、自分がカッターナイフを持っていないことに、ふと、気づいた。   (ジャージ男を運ぶ時、カウンターに置いたか)  しかし、この青二才ならカッターナイフなんてなくても何の問題はないと思った。  完全に倉持を支配していると。 「金庫はどこだ」 「あの書棚の下の段に入っている」 「んじゃ早く持って来い」  倉持は言いにくいそうに、口を開く。 「下の棚には鍵がかかってる。鍵はオヤジが持ってるんだ」  また殴られる、と思った。  しかし松崎は、黙って椅子から立ち上がると、その椅子を頭の上に持ち上げた。  倉持が頭を抱える。椅子が自分に振り下ろされると思った。  椅子は倉持には振り下ろされなかった。  松崎のは、書棚に椅子を叩きつけた。    バリバリっと、激しい音が鳴った。  松崎が振り下ろしたパイプ椅子は、書棚の下の段の引き戸を的確に捉え、引き戸は歪み。片方の扉はレールから外れて傾いていた。  松崎は書棚に近づくと、レールから外れた扉を力任せに引き外した。  黒光した大きな金庫が姿を現した。松崎はもう片方の扉も蹴って叩き壊す。  金庫は完全に姿を現した。  松崎が怒鳴る。 「何やってんだ、早く金庫を開けろ!」  這うようにして、倉持が書棚に近づき、金庫のダイヤルに手をかけた。  その時、松崎のズボンのポケットで、倉持のケータイのバイブが鳴った。  ケータイを取り出し、画面を見て松崎は言った。 「バカオヤジだぞ。こんな時間によくかけてきやがるな。ほら、出ろ」  松崎は倉持にケータイを投げた。  倉持が受け取る。  そして、すぐに耳に当てた。 「はい、はい、わかりました」  その時、松崎がつかつかと倉持に近づき、耳元で言った。 「スピーカーにしろ」  ケータイを持ったまま、松崎を見る倉持。  その時、通話が、切れた。 「なんで切れた」 「わからない」  松崎はケータイをもぎ取るようにして奪うと、力任せに壁に叩きつけた。  ケータイはパリッと音を立て、床に落ちた。  液晶画面は細かくひび割れていた。 「おい、急げ!」  松崎に急かされ、倉持は金庫のダイヤルに手をかける。 「右に2回、左に3回」  カチッと、ロックが外れた音は、松崎の耳にも聞こえた。  身を乗り出す。 「開けろ」  倉持は、金庫の扉を握ったまま、開こうとしないのを見て、松崎は倉持の突き飛ばし、金庫の中を覗き込んだ。  金庫は、空だった。 「お前・・・騙しやがったな!」  松崎が倉持に飛びかかろうとした瞬間、事務所の蛍光灯が、パッと消えた。  窓のない事務所は、完全な闇に包まれる。  バタバタバタと走る足音が、事務所から出て行くのを松崎は聞いた。 「倉持!」  松崎が暗闇の中、手探りで事務所を飛び出した。
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