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松崎武
#1
松崎は、手に持っていたビールの空き缶を、力任せに車道に投げつけた。
空き缶は白いパンにぶつかり、乾いた音を立てて車道を踊るように転げ回り、その後ろから走ってきたダンプのタイヤに轢かれ、潰された。
「くっそ面白くねぇ!」
吐き捨てるようにそう叫ぶと、ズボンのファスナーに手をかけ、そこからペニスを出すと、近くの街路樹に小便をダラダラと垂れ流した。
寂れた地方都市の午前3時は、道行く人もいなく、シンと静まり返っている。
朝イチでパチンコに行き、3万円をすり、昼から行った競艇では5万を失った。
ズボンのポケットには、数えられほどの小銭しか残っていない。
日雇いの仕事は最近めっきり減った。コロナで潰れた飲食店のスタッフや経営が立ち行かなくなった中小企業の社員がリストラされ、日雇いの仕事に流れてきたせいだ。
「よってたかって俺を殺そうとしてやがる。ふざけやがって」
小便のかかった街路樹を蹴る。その弾みでよろけ、もんどり打って舗道に転がる。
松崎は泥酔してはいなかったが、やけになっていた。
内臓ががギリギリと痛む。
癌は50歳の時に見つかったが、それから4年。すでにあちこちに転移していた。保険料を払っていないいまは保険証もなかったから治療は放棄した。
そして何より松崎は、生きる気力もなかった。
「どうせ死ぬんだ。俺一人で死ぬなんて割に合わねぇ。最後はバーっと派手に死んでやる」
松崎の頭のに、無差別大量殺人という言葉が浮かんだ。
自然に、笑いが込み上げる。
松崎はひとり、誰もいない真夜中の路上で、笑いが止まらなかった。
松崎武、54歳。
これまで、恐喝、盗み、覚醒剤、詐欺行為、レイプ・・・。松崎がやっていないのは、殺人事件くらいだった。
中学で少年院に入ってからは、刑務所とシャバの行ったり来たり。
小さな頃に受けた父親からの心の傷は、一生消えない歪んだ復讐心を生み出していた。
よろよろと起き上がる。
暗闇の向こうに灯りが見えた。コンビニだとすぐにわかった。
ポケットを弄り、そこから出した小銭を数える。
(これだけあれば、買えるだろう)
心の中でそうつぶやくと、光に吸い込まれるように歩き出す。
まるで、夜光虫のように。
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