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404号室
「す、すげぇ…これがアレの効果か……」
手が少し湿って震えている。デスクトップに映る数字を現実のものとして受け入れるには時間がかかった。
薄暗い部屋の中で俺は1人スポットライトが当てられたかのように頭が熱かった。
「…ハハッ!!俺の人生まだまだ終わってねぇじゃねぇか!」
『俺たち、解散しようか。』
唐突な終わりだった。バンドメンバーの1人が口を溢した。
「お、おい、なに言ってんだよ…まだだろ?まだ有名になってねぇじゃん。俺たちまだ売れて…」
『そうやって夢見てるのはお前だけだろ。裕也。』
冷ややかな目でピシャリと言われた。俺は暑くもないのにダラダラと汗が噴き出る。
「お、お前さぁ、そうやって士気を下げるなよ…。なぁ、ほらお前らも言ってやれよ。」
『俺、就活してるんだよね。楽器やる暇ねぇわ。』
『僕も実家の家業を継ぐことになってるから。ごめんね、裕也。』
次から次へと俺はナイフを刺されたかのように身体が熱くなって、どうにかなってしまいそうだった。頭がグルグル回る。
「諦めるなよ…な…?最近はライブハウスにも人が入るようになったじゃんか…。」
『じゃあな。』
アイツらは重いスタジオのドアを開けて出て行った。俺はその背中をただただ呆然と見つめるしかできなかった。
それからというもの、俺は1人で活動をするようになった。
今まで作詞作曲は他のバンドメンバーに任せていたため、音楽知識は一般人レベルだった。
音楽活動にはとにかく金がいる。時間も欲しい。
その中でどうにか作った数曲は再生回数100回超えたら良い方だ。
俺には金も、時間も、センスも、全て無かったのか?
途方に暮れていた。
「俺は…まだ、俺は……」
薄暗く、ゴミだらけの部屋。机にはパソコンと今朝腹に入れたエナジードリンクとカップ麺。
乾いた唇が微かに動く。こんな声、誰が聴くのだろうか。
なけなしの金で買ったキーボードやギターは今では埃をかぶっていた。最近はずっとパソコンの青い光を浴びて生きていた。
あなたの夢、叶えてみませんか?
ネットサーフィンをしていると広告が目に入った。
「なんだこの胡散臭い広告…」
いつもなら無視するはずの広告。だけど、なぜか、今は気になって仕方ない。
夢…夢ってなんだっけ。あぁ、そうだ。俺は有名になりたいんだ。有名になって、生きた証を残したい。
その目は広告を一点に見つめていた。
「手段はなんだっていいんだよ」
指は広告をクリックしていた。画面は暗く切り替わってぼうっと中央に文字が浮かんだ。
あなたの夢はなんですか?
お金持ちになりたい?
恋人が欲しい?
長生きしたい?
美しくなりたい?
"有名になりたい?"
俺はこの文字を見てニヤリと笑った。
「『あなたの願いを叶えるサポートをしましょう。ご相談はこちらから』ね…」
サイトに載っている電話番号を見つけ、スマホを取り出し、指を動かした。
プルルルルルル…プルルルルルル…
ガチャリ
『はい。』
「あ、もしもし?サイト見て連絡したんですけど」
『かしこまりました。ご相談日はいつにしましょうか。』
俺は少し違和感を感じた。俺は何も言ってないのに、相手は全てを察しているようだった。そして電話の女の声。妙に機械的で気味が悪かった。
「あっ、えーと、明日とかって…」
『ええ、空いていますよ。それでは明日ですね。メモできるものはお持ちですか?場所をお伝えしますね。』
「えっ、ちょっと待ってくださいね。」
俺はゴミだらけの部屋をゴソゴソと紙とペンを探す。
あぁ、なんだろう。惨めだな。
いや、何を考えた?手段なんて選んでる余裕あるのか?あとちょっとだけ。あとちょっとだけ人の力に頼ったっていいじゃないか。
ようやくゴミ溜から見つけてまたスマホを手に取る
「お待たせしました。はい…ええ……」
最近外に出ていなかったせいか、季節は夏へと移り変わっていた。そういえばバンドが解散したのは冬だったな。ジリジリと太陽が照りつけ、湿った空気が体に付き纏う。遠くの方がゆらゆらと揺れていた。俺は身体に鞭打つように歩き出した。
あれから電話で場所と時間を聞き、そして今、その場所に着いたところだ。
「意外と近くにあるんだな。」
一見、普通のマンションだった。ロビーに入るとフワッと冷気が身体を駆け巡った。
部屋番号を確認し、歩き始める。足取りは何故か重くなっていた。まだ後ろめたさが残っているのか。自分の力では有名になれないと認めてしまったからか?今思えば、いつだって他人の力に頼りっぱなしだったじゃないか。何を今更。俺は自虐的に笑った。
「404号室…ここか…。」
メモを再度確認し、また扉を見つめた。
そして俺はインターホンを押した。
『はい、なんでしょうか。』
電話の女の声ではなく、男の声だった。
「昨日、電話させていただきました。鈴木です。」
『あぁ、今開けますね。』
気だるそうな声がした後、ガチャっと鍵が開く音が聞こえた。
『どうぞ』
再び、インターホンから声が聞こえた。俺は恐る恐る扉を開いた。
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