レンタル屋

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「ちょっと待っててくださいね。」 夢原は奥の部屋へと入ってしまった。俺は天井をぼうっと見つめていた。 「俺はどうにかなっちまったのかな。」 どうもさっきから調子がおかしい。夢原の言葉が全て頭の中に考える暇を与えず直接殴りかかってくるのだ。 俺は今までの人生特にこれといって得意なことがあるわけでもなかった。バンドではボーカルを担当していたが、それだって楽そうだったからだ。楽して有名になりたかったんだ。だから歌唱力も人並みだったのかなと今は思う。 俺は楽な方向に流されて生きてきた。そしてこれからもそうなのだろう。でも楽に良い方向にいけるのなら良いだろう? 頭の中でぐるぐると考えて考えた結果、ここに来たんだ。間違っているはずがない。 「お待たせしました。」 夢原は何か黒い物体を持ってこちらに戻ってきた。そしてソファに座りその黒い何かを机に置いた。よく見てみると最近普及してきたAI音声認識が搭載されているスマートスピーカーに似ていた。 「これは…?」 「これは貴方の夢を叶えるための最適な道具です。名前は、そうですねぇ、"music box"とでも名付けますか。」 夢原の言っていることがよくわからなかった。いや、意味はわかるんだ。ただ、具体的にこの黒い物体がどう俺に役立つのかさっぱりわからない。 「『こんなもの何に役立つんだ?』って顔してますね。」 夢原はまた不気味に笑う、 「いや、まぁ、はい…。」 俺はこいつの前で嘘はつけないと理解した。嫌な汗がダラリと垂れる。膝に置いた拳をギュッと握り、この嫌な空気感を堪える。喉が乾く。この黒い物体が何かはわからないが、"ヤバいもの"という雰囲気は痛いほど伝わった。 「まぁまぁ、薬とか催眠とかそういう精神に悪影響は無いと思いますよ。」 「は、はぁ…。」 「あぁ、では早速この物体の正体を教えますね。」 大まかな内容はこうだ。 『music boxは全世界の様々なデータを基に"次にどんな音楽が流行るか"を99.9%的中させる機械である。このmusic boxは作詞作曲はもちろん、"バズらせる為の手段まで指示してくれる"』 「つまり、俺はこのmusic boxに従って、作業をすれば必然的に有名になると…?」 「話が早いですね。ええそうです。このmusic boxは最新のAI技術を使っています。そしてもう学習段階ではなく未来を予知してくれるまでに成長しています。貴方の望み通りの結果が待っています。」 夢原はペラペラと饒舌に話す。時々出す舌に開いたピアスが光に反射する。俺はこの男のペースにまた飲み込まれてしまいそうだった。 「あ、でもやっぱり高いですよね…。」 「いいえ?無料でお貸ししますよ?」 夢原はきょとんとした顔でこちらを見る。 「はい?」 「いやだから…」 夢原は机に頬杖を突き、ぐっと顔を近づけた。 「無料でしますよ。」 整った顔でニヤリと胡散臭く笑った。 「そんなわけ…。何か裏でもあるんですよね。後で高額請求するとか…。」 「いえいえ、そんなことするわけないじゃないですか。何を勘違いしてるのか知らないですけど、私別にヤクザとかじゃないですよ?ただの一般人です。」 そんな金髪でタトゥーが入っててピアスが数カ所に開いている人を最初から一般人と思う奴など存在するのか? 「いや、一般人って…。まぁいいです。このmusic boxを俺はレンタルすることができるんですよね?」 俺は念を押して夢原に聞く 「ええ、そうです。ただし、使用するにあたってルールがあります。」 「ルール?」 「はい。」 夢原はうっすらと口角を上げた。
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