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music box
「この、music boxを使うにあたっていくつか条件を提示させていただきますね。」
夢原はそう言うと淡々と条件を挙げた。
①music boxという名称をどこかで使うこと。
「まぁ、あなたの名義をmusic boxにしたら良いと思いますけどね。誰もこの機器を使ったことすらわからないはずですよ。“あぁ、そういう名前なんだな”って思われるだけだと思います。」
②収益化しないこと。
「music boxで作られた楽曲はあなたの力ではありません。勝手に自分のものにはしないでください。」
③music boxの使用は5曲分まで。
「…使い方には注意してくださいね?」
「えっ…5曲分しか使えないんですか…?」
「そうですけど?良いじゃないですか。5曲もあれば作曲のノウハウも知ることが出来るし、今後の糧になると思いますよ。」
夢原はニッコリ笑って俺に言った。
たしかに、5曲もあれば俺にだってもっと良い曲が作れるはずだ。条件も聞く限り、何か引っかかることはなかった。無料というだけあって永続的に使える代物ではないのだろう。
俺は少し考えて夢原の目を見た。
「わかりました。そのmusic box、レンタルします。」
「ありがとうございます。あ、そうそう…」
夢原はニヤリと笑った。
結論から言うと、本当にmusic boxの使い心地は良かった。この機械の指示に従いながらパソコンやキーボードを使い、あっという間に1曲が完成してしまった。
そしてこの完成した1曲を動画サイトや各SNSに載せた。
1週間後。
「す、すげぇ…これがアレの効果か……」
手が少し湿って震えている。デスクトップに映る数字を現実のものとして受け入れるには時間がかかった。
薄暗い部屋の中で俺は1人スポットライトが当てられたかのように頭が熱かった。
「…ハハッ!!俺の人生まだまだ終わってねぇじゃねぇか!」
部屋で1人高笑いをした。こんなに笑ったのはいつぶりだろうか!俺が!今!大勢から注目を浴びている!
こんなに気分が良いのは初めてだ!
「すげぇよ!これ!これがあれば俺はなんだってできるじゃないか!」
相変わらず部屋はゴミだらけで薄暗かったが、それさえも愛おしく感じた。俺は幸せだ。
「あぁ、そうだ。良いこと考えた。」
こんな素晴らしい道具、返すのは惜しい。
もっと、もっともっと使いたい。
『ねぇねぇ、"music box"って知ってる?』
『music boxの曲めっちゃハマった〜!』
『音楽界に衝撃が走りましたね。』
『老若男女誰からも愛されるメロディだ!』
『歌詞もわかりやすいのに奥深い!』
『天才だ!』
"天才"
"天才"
"天才"
『えー、次はエンタメ情報をお届けします。音楽界の新星?"music box"の魅力に迫っていきます。』
『突然、某動画サイトに楽曲が投稿されてたちまち人気となったmusic boxさん。性別、年齢不詳。顔出しNG。全てが謎に包まれた存在です。番組は取材を申し込んだところやはりNGでした。しかし、番組宛にメッセージが届いております!』
——このような形でのご挨拶となってしまい、申し訳ありません。取材をお断りさせていただいた理由は、皆さんに純粋に僕の楽曲を楽しんで欲しいからです。これからも皆さんに愛される、僕も愛せる楽曲を作っていこうと思います。よろしくお願いします。——
『現在、music boxさんは5曲楽曲を発表しています。次の新曲も注目ですね。』
夢原との契約上、music boxで金は稼げないから楽曲の権利は全て無料で提供している。つまり、今までと生活水準は全く変わらない。むしろ今まで以上に音楽に使う金が増えたため、生活水準は下がった。それでも、俺は前よりも人生が楽しかった。
まぁ、こんな生活ずっと続けるつもりはないが。
最近、外に出ることが好きになった。なぜなら、街を歩いていてもどこからかmusic box?いや、この俺が作った曲たちが流れている。俺は歩きながらお前ら凡人を見下せるこの快感がたまらなかった。
歩いても、店に入っても、電車に乗っても、この天才が近くにいるなんてお前らはわからないんだろうな。
今日も外に出る。
あぁ…なんて愉快ゆか…
「おい、お前」
突然聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。
ブワッと吹く風が俺の身体を通り過ぎる。
振り返ると意外な人物がそこに立っていた。
「お、お前……」
「よぉ、久しぶりだな。裕也。」
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