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好調
『えー、続いてのニュースです。あの国民的人気アーティストでありながらその正体は謎に包まれてるmusic boxさん。ついに!メディアにその正体が明らかになりました。今後は名義をmusic boxからスズキユウヤに変えて活動をするそうです。番組ではスズキユウヤさんに直接インタビューをすることができました。』
『改めまして、今回はよろしくお願いします。』
『はい、よろしくお願いします。僕なんかの話でよければ』
『いやいや!今や日本中知らない人はいない!人気アーティストですよ!』
『恐縮です。僕はそんな人間じゃありませんよ』
『かなり謙虚な方なんですね…。それでは早速インタビューに移りたいと思います。まず早速ですが、スズキユウヤさんは今までmusic boxとして活動されてきた際、正体もほとんど不明とされていましたが、何故、私たちに正体を明かしたのでしょうか!?』
『あはは、やっぱりそこ気になりますよね。以前、僕は"皆さんに純粋に僕の楽曲を楽しんで欲しいから"という理由で顔を出さずに活動してきました。今もそれを第一に考えながら楽曲制作をしています。正直、この状況を現実だと思えないんです。僕の作った曲がこんなにも反響があったなんて。本当に嬉しいです。
…僕は人間です。聖人じゃありません。人は欲に飲まれやすい。僕も例に漏れず欲まみれの醜い人間です。もっと皆さんに知ってもらいたいと自己の承認欲求が膨れ上がったのは事実です。このドロドロとした欲が僕の背中を押しました。だから顔出しをしようと決めました。』
『な、なるほど……。で、では何故music boxからスズキユウヤに名義を変えたのでしょうか?』
『僕、本名が鈴木裕也なんです。今までmusic boxとして活動してきた理由は…なんで言えばいいんだろうな…musicという言葉も boxという言葉もどちらも概念的で無機質な響きがありませんか?』
『う〜ん…、たしかに、両方とも抽象的な響きですよね』
『ええ、だから僕の名前を使うよりもその抽象的な言葉の羅列で皆さんに様々な解釈をしてもらって染め上げて欲しかったんです。スズキユウヤに変えたのは、自分でも勝手だなぁって思うんですけど、僕の色を加えたかったんです。僕の音楽は皆さんに聴いてもらって成立しますが、僕もそれに混ざりたかった。って感じです。』
『なるほど…。でも、元々はスズキユウヤさんの曲なんですから!私は良いと思いますよ!私もスズキユウヤさんの曲大好きです!』
『あはは、そう言っていただけると嬉しいです。これからも聴いていただけたら幸いです。』
以前会った時のボサボサだった髪型、無精髭、猫背、いつもか何かを恨んでいるような目。
そんな姿はこのテレビに映っていなかった。
そこに映っていたのは綺麗にセットされたマッシュヘア、髭は無く、柔らかい目つき、ふと笑うと白い歯が見えた。
———プツリ。
テレビの電源を落とす。そのままソファに座った。
タバコに火をつけて口に咥えながら、スマホをスワイプする。ダラダラとネットニュースを見ていたらとある記事を見つけた。
———スズキユウヤが映画の主題歌を担当。
「ふぅん。なになに、『こんな僕が主題歌を担当できるなんて、夢にも思わなかったです。期待に添えられるように頑張ります』ねぇ…フフッ」
おかしくて思わず笑ってしまった。
「何がそんなにおかしいんですか?」
私の目の前に座ってる女は無表情で聞いてくる。
「いいえ、別に。やっぱり人は単純ですね。予想通りに事が進んで怖いくらいだ。」
私は灰皿にタバコを置き、口元を覆い隠した。あぁ、どうしても笑ってしまう。
「これだからやめられない。」
女は私の姿を見て若干眉をひそめた。
「はぁ、まぁ、どうでもいいんですけど。で、この後はどうするんですか。」
「あぁそうですね、そろそろ頃合いがいい。君は以前言ったことをやり始めていただいて結構です。」
「承知しました。」
女はソファから立ち、奥の部屋へと入っていった。
「あーあ、スズキユウヤさん、もう潮時ですよ。『使い方には注意してください』って言ったんですけどねぇ…。」
私は灰皿に置いてあったタバコをグリグリと潰して消した。
「あははは!!やっぱり俺は天才だったんだ!あのインタビュー、music boxのおかげで突然の顔出しも何も疑問を持たれず、ファン離れも、炎上も起きなかった。」
俺は1人部屋で喜びのあまり大声を出してしまった。
心が、体がとても軽い。幸福感に包まれる。
これも全部music boxのおかげだ。
…あれ、俺がmusic boxだろう。出来て当然じゃないか。
以前、夢原は5曲までしか使えないと言っていたが、俺が『曲を作る』とmusic boxに指示を出したら、従順に従ってくれた。
コツ……….コツ………
しかし、このままmusic boxとして活動することは危険だ。夢原にまだmusic boxを使っていることがバレてしまう。
コツ………コツ………
だから俺はあえて顔を出して、名義を変えた。こうすることによって"music boxから学んだ俺は成長して自分の力で音楽活動を始めた"というカモフラージュができる。
ん?カモフラージュってなんだ。music boxは俺だろう。
コツ………コツ………
「まぁでもmusic boxって名前、正直ダサいし、俺は俺として活動するのは当然だ。」
自分で口に出して納得する。
コツ…コツ…コツ…コツ…
music boxは引退して、スズキユウヤとして心機一転活動しようとも考えたが、無名からもう一度やり直すことは面倒くさいし、俺がmusic boxなのに凡人から"パクリ"と一蹴されるのは屈辱だ。
コツ…コツ…コツ…コツ…
「まぁ、とにかく、次の曲作らなきゃな。映画の主題歌ねぇ…大金を手に入れることができるはずだ。こんなボロ家とっとと引っ越そう。俺にふさわしくない。だって俺は天才なんだから!!」
コツ…コツ…コツ…コツ…
俺は天才。音楽界の新星。謙虚で庶民的だけど、オーラが違う。どうだ!やっぱり俺は凡人じゃなかったんだ!
———ピーンポーン…ピーンポーン…
誰だ。こんな夜更けに。
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