1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
「だからね青山くん、先生は読書感想文を提出しなさいって言ってるの。これは読書感想文じゃないでしょ?」
聞き分けの悪い子を諭すように先生は言った。僕は納得いかなかった。
「どうして駄目なんですか?」
僕は突き返された感想文を再び先生の顔面に突き出した。
「だってこれ、読書感想文じゃなくて動画感想文じゃない」
「先生、今時の小学生っていうのは色々と忙しいんです。夏休みだからって全然休みじゃないんです。スケジュールはぎっちぎちで、読書に充てる時間なんてないんです」
旧世代の考えを全否定するつもりはないけど、夏休みだからってお決まりのように出される読書感想文という宿題は、正直時代に合ってないと僕は思う。ひと昔前なら豊かな文化に手軽に触れられるのは読書くらいだったのかもしれない。でも今はタダで色々なモノを観たり読んだりできてしまう時代だ。そんな中で感想文の対象を読書に限定する意味がちっとも理解できない。
「青山くんの言いたいこともわかる。先生の時代も受験勉強で忙しかったけど、今の君たちほどじゃないと思う。情報過多な時代だから、気持ち的にも忙しくて休まる時間がないのもなんとなくわかる。ゆったり読書する気分じゃないってのもよーっくわかる!」
先生はまるで自分語りをするように言った。
「だからってゲーム実況動画の感想文は受取れないよ。先生だって頑固一徹じゃないんだから妥協できるとこは妥協する。でもこれはさすがに無理。ニュータイプすぎる」
確かに僕らの副担任の村崎先生は物分かりの悪い人ではない。クラスの半分の生徒が読書感想文に漫画感想を提出した際、担任の黒田先生が頑として認めない中、村崎先生は漫画も立派な読書体験だとして黒田先生を説得してくれたのだ。
「ゲームだけ差別するのは教育者としてどうなんでしょう?」
「別に差別してるわけじゃないよ。トッププロゲーマーが億単位のお金を稼ぐ時代ってこともちゃんと知ってるんだから」
稼ぐお金の額が多いから価値があるっていう考え方自体が古いのだと思ったが、口に出すのはやめておいた。
「でもね青山くん。漫画は一応、字だってあるしストーリーもあって読んでる最中に色々なことを考えたりもするよね。でもゲーム実況動画は…」
「ゲーム実況動画だってコメントが絶え間なく流れるから字だって読むし、実況者がゲームをクリアしていく過程のなかには、ものすごく感動的だったり熱かったり下らなすぎるドラマやストーリーがありますよ」
僕はムキになって反論した。先生はたぶんゲーム実況動画を観たことがないのだ。所詮ゲームしてるだけの動画でしょ、と見下すような態度が見え隠れしている。
「それはそうかもしれないけど」
「僕は夏休みは自分の成長のための貴重な時間だと考え、有意義な時間を過ごすよう心がけました。そして自分が体験した中で最もかけがえのないものが実況動画だったんです。だからその貴重な体験を感想文として書きました。読書って要するに情操教育の一環ですよね?あとは物事を読み解く能力を向上させたりとか。だったら僕は実況動画で十分すぎるくらい同じものを養ったはずです。ゲーム実況動画だからって理由だけで受け入れられないのは納得がいきません」
「困ったなぁ。確かに青山くんの感想文が熱量に溢れてるのは間違いないんだよ、枚数も多いし。せめてこれが自由研究として提出されたものだったらなぁ」
ちなみに僕の自由研究は、ゲーム実況動画に触発されて作ったニンジン料理実況動画だ。
「これじゃ黒田先生が納得してくれないんだよなぁ」
その呟きで先生が何より気にしてるのは黒田先生なのだと、ようやく僕は気づいた。黒田先生が受けとらなければ、副担任として宿題回収役を任された村崎先生としてはいつまでも仕事が片付かないことになってしまう。それが村崎先生にとっては一番の問題なのだ。要するに大人の事情ってやつだ。
「納得いきません。そんな先生たちの事情で受け入れてもらえないんなら尚さらに」
先生は僕に自分の心情を見透かされ、罰が悪そうな顔をした。
「…わかった、こうしよう。確かにわたしはゲーム実況動画のこともよく知らないし、知りもしないでこの感想文を自分都合で受取らないのはフェアじゃないと思う。でも青山くんだって読書の素晴らしさ知ってる?」
唐突な問いに、思わず言葉に詰まってしまった。
「忙しい青山くんは読書なんて時間がかかる割に面白くもないって思ってるかもしれないけど、読書って素敵な時間を与えてくれるものなんだよ。実況動画にあれだけの感想文を書ける青山くんだからこそ、わたしは読書を体験してもらいたい」
「でも実況動画だって読書に負けないくらい」
「うんわかってる。だからこうしよう。わたしは青山くん絶賛の実況動画をプライベートタイムを潰してでもちゃんと見る。その代わり青山くんも何か興味のもてそうなのを読んでみて。漫画じゃなくて。それでもし、わたしが実況動画感想を感想文として納得できたら黒田先生をちゃんと説得してみるし、もしも青山君の読んだものが実況動画と同じかそれ以上に感動できるものだったら読書感想文を書いてみて。どうかな?」
先生の突然の提案に、これは僕を丸め込もうとしているのではないかと警戒したが、先生の顔にはそういう企みなどないように見えた。
「…わかりました。期限は?」
「…明日まで、はキツイか」
先生はどーしよーかと相当悩んでいる。きっと宿題の全回収を黒田先生から小うるさく催促されてるんだろう。
「じゃあ3日後は?」
「いいですけど…ちなみに実況動画、一本平均20分くらいで完結がpart50なんですけど」
「…一週間でお願いします」
そうして僕らの宿題の、提出期限が締結された。
最初のコメントを投稿しよう!