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一週間後。
「だからね青山くん、先生は読書感想文を提出しなさいって言ってるの。これは読書感想文じゃないでしょ?」
諭すように先生は言った。僕は納得いかなかった。
「どうしてこれじゃ駄目なんですか?」
突き返された感想文を再び先生の顔面に突き出す。
「だってこれ、読書感想文…なの?」
「もちろん!」
僕は自信満々に答えた。これは僕にとって、どこに出しても恥ずかしくない読書感想文…の集積だ。
「だってこれ感想文っていうか、短いコメントの寄せ集めじゃない」
「確かに断片的なまとまりのない文章を集めただけに見えるかもしれません。でも違うんです」
僕は村崎先生に説明した。先生との取り決めで僕は1週間読書をすることにした。でも僕は忙しい上にあんまりお金をもってないので、自宅で無料で読めるWeb小説、投稿サイトの小説を読むことにした。買ったり借りたりすると一冊丸ごと読まなきゃいけないプレッシャーのようなものがあるけど、Web小説だと最初だけ読んで自分に合わなかったらその時点で気軽に読むのをやめられるし、細かく章立てもされているので一回に読む分量も手軽に調整できるので僕には都合が良かった。
気がつけば僕は貪るように投稿小説を読み漁っていた。最初はランキング上位のものばかり読んでたけど、まだ誰の眼にも晒されてない僕だけが知ってる名作、を発見したくてランキング外のものも面白そうなのはできるだけ読むようにした。そんな風に様々な素晴らしい作品を読むうちに、自然と僕はその素晴らしさを誰かと共有したい、誰かに伝えたいと思うようになっていた。いつの間にかそんな思いが自分の中に芽生えていた。
「読書なんてやってる暇がないなんて言ってた青山くんが?」
「それくらい面白いものがたくさんあったんです。信じられますか?お金をもらってるわけでもないのに、何万字もの大作小説を延々と書き続けてる人がいっぱいなんですよ?」
「青山くん、お金をもらってるから頑張る、お金を稼げるから一生懸命やる、っていうのは考え方が古いんじゃないかな」
先生は得意げに言う。不覚にも僕は一本取られた気分だ。
「とにかく僕はその作品の面白さを伝えたかったし、読ませてくれた感謝とか作品を書いてくれた労いの気持ちをどうにかして伝えたかったんです。だから僕はコメント欄に書き込みました」
「コメント欄?ああ、投稿サイトにはそういう機能があるんだ」
「けど、コメント欄には字数制限があって、確か140字だったかな?だからどうしても短い文章になってしまうんです。でも僕はその140字の中にその作品から感じ取った全てを凝縮して込めました。だからこの140字の寄せ集めは、僕にとっての立派な読書感想文なんです!」
「そういうことか…でも、これはちょっと…」
先生は後頭部をわしゃわしゃと掻いた。先生自身はある程度納得してくれてるように見えたけど、どう処理したものかと困っているようだった。たぶんその理由は…
「お、青山。ようやく感想文提出したのか。まったく村崎先生が一週間待ってあげてくださいっていうから何も言わないでやったんだぞ。さて、ここまで引っ張ったからにはよほどの出来なんだろうな」
黒田先生は横柄な態度で村崎先生から僕の感想文をひったくった。僕と村崎先生が止める間もなかった。
「これは……なんだ」
黒田先生の顔色が変わる。僕は黒田先生相手だって一歩も引く気はなかったので応戦する気まんまんだった。
「なんだ……お前だったのか?俺の誰も読んでくれない小説にコメントをしてくれたのは」
「え?」
「だってお前、これ文面がまったく一緒じゃないか。間違えるわけない、俺は何回も何回もあのコメントを読み直して、それだけを糧に小説を書き続けてるんだから」
「黒田先生が?」
僕は予想外の展開に気持ちが追いつかなかった。
「それにそうか、これはお前が読んだ作品にコメントしたのを集めたものなんだな。よくわかるよ、青山がどれだけこのコメントをするのに細心の配慮をしてるかが。俺もコメントするからわかるんだ。相手の迷惑にならないかなとか、誤字脱字してないかなとか、他のコメントしてる人達から浮いちゃうようなのになってないかなとか。そもそもコメントすること自体それなりに勇気がいるしな。この数々のコメントにはお前がそういったことを気にしながらも何とか自分の思いを伝えたいって気持ちが溢れてる」
黒田先生は僕を感心と共感のまなざしで見つめた。黒田先生のこんな顔、初めてだった。
「あの、じゃあこれは読書感想文として認められるんですか?」
村崎先生はお伺いを立てるように言った。
「ああ、もちろん。これはWeb時代の立派な読書感想文だ」
そう言うと、黒田先生はちょっとくしゃくしゃになってしまった作文用紙をアイロンかけるみたいにぴしっと手で整えて、大事そうに受け取り自分の机へと戻っていった。ようやく僕は、夏休みの宿題をやり終えることができたみたい。村崎先生も、自分の仕事が片付いたことにほっとしていた。
「いやー、よかったねー青山君。いきなり黒田先生に取られたときはどうなるかと」
「さすがに僕もびっくりしました。その後の展開も含めて。あの黒田先生があんな風に思ってくれるなんて」
「確かにあの黒田先生がねー…でもわたしもちょびっとわかるよ」
「え?」
「いや、わたしは投稿サイトとかはわからないけど、昔ちょびっとだけ同人誌ってやつに手を染めててさ、実際に売ったりしたことあったんだ」
「コミケってやつですか?」
「そうそう。ほとんど売れなかったけど。でも中には、前のやつ面白かったから新刊楽しみに待ってました、なんてこと言ってくれるお客さんもいて、あの時は泣くほど嬉しかったなぁ」
先生は昔を懐かしむように言った。人に歴史ありと言うけれど、黒田先生も村崎先生も僕がまだ知らない面がたくさんあるみたいだった。僕のなかに村崎先生への興味がむくむくと芽生えてきた。
「先生、その同人誌って残ってるんですか?」
「ん?実家に行けばまだ数冊あるんじゃないかな。わたしの黒歴史ってやつだね」
「それ、見せてもらうことってできませんか?」
「はぁ?無理無理、絶対無理」
「お願いします。読んでみたいんです。なんなら感想文も書きますから」
「いやー、さすがにそれは」
「お願いします」
「……いやでも」
「お願いします」
「……えーっと、じゃあ青山くんが18歳になってもまだ読みたかったらプレゼントするよ。それなら問題ないからね」
先生は悪戯っぽくウインクしながらそう言った。先生にはまだまだ僕の知らない一面があることを知ってしまったようだった。
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