Ⅸ.製本

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「あんたたち、いい加減にしなさい。マサちゃんが呆れてるわよ」  母は網野さんに向かってペコペコ頭を下げ、僕たちの代わりに謝っている。網野さんは笑顔で「大丈夫です」を繰り返していた。   両親のように長年連れ添った夫婦であっても互いが何を思っていたかなど、全てをわかるはずはないのだと思う。現に母は父が「花嫁の父」になりたかったことを知らなかった。言葉にしなければ伝わらないのだ。母に言わせると長く一緒にいたがために言葉にしても伝わらないことも多いらしい。聞き流され忘れられてしまうのだという。    出会って好きになって結婚して夫婦になり、子どもが生まれれば、育てる。我が子の育つ力を信じ、毎日を親として責任を感じながらも普段通りに暮らす。家族の形が少しずつ変わっていくことを当たり前と受け止め生きていく。片方が欠けて今までとは大きく変わったその夫婦の形も生活も、時の流れと共に普通になる。母は父の遺影に話しかけ、一人暮らす毎日をそれなりに楽しんでいると僕は思いたい。  時々、僕は伶来さんとの暮らしを想像する。父が(のこ)した「いい人を見つけて結婚しろ」は僕の隣で普通に毎日を過ごしてくれる、大切にしたいと思える、特別な人を見つけろ、そして結婚しろということなのだと解釈している。 「スーちゃん、始まるわよ。ボーっとしてると置いてくから」 「ねえちゃん、僕、っていうか父さんを置いていく、って変だろ!」 *****
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