クリスマスサプライズ

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クリスマスサプライズ

 クリスマスイブの夜。 勝の病室のシャワールームに陽子が潜んでいた。 病院には付き添いの許可は貰った。 でも、翼の分だけだ。 陽子はそう思い込まされていた。 だから、勝に言われるままにするしか無かったのだ。 でも勝は病院に無理を言って、陽子の付き添いの許可も貰っていたのだった。 陽子はそれを知らず、勝の喜ぶことだけを考えていたのだった。 それが翼の喜びにも通じる。 陽子はそう思っていた。 一方勝は、二人の幸せそうな横顔をどうしても見てみたいと思っていたのだった。 それも出来れば、今や恋人達の祭典と言うべきクリスマスイブの日に。 その思いに、陽子は応えてやりたいと思っていた。 だから敢えて、薄暗くて寒いシャワールームを選んだのだった。 それは、冷え切った体を翼に温めてもらいたいと言う乙女心でもあった。 陽子は小さなポーチがあった。 中身はヒ・ミ・ツ。 陽子も夢見る乙女だったのだ。  勝が本当は家に帰りたいことは知っている。 年末年始位家族と一緒に過ごしたいはずだ。 ましてや今日はクリスマスイブなのだ。 勝は毎年家族と共にいた。 家族思いの勝の話は純子から聞いている。 秩父九番札所・明智寺近くの自宅で罰当たりかなとちょっぴり思いながら…… 控え目に、でも心のこもったパーティーだったと。 だから余計に、此処に居る事が辛いのだと思った。 勝が入院して直に三カ月になる。 だから、思い切って退院か一時帰宅を頼んでみた。 でも返事はまだ届いてはいなかった。 まことしやかに言われている噂がある。 保険の点数が入院して三カ月でゼロになるので、その頃に退院させられると言うものだった。 だから勝は余計に期待しているのだろうと思った。  陽子も又、翼と共に過ごしたかった。 クリスマスイブだから余計に傍を離れたくなかったのだ。 節子はそんな陽子の思いを察し、反対もしなかった。 実は、それが少し不安だった。 (信頼されているからな) そう思う。 でも、それが重い。 本気で、翼を婿にしようと考えいる節子。 双子だから、一人位…… 陽子は節子のそんな思いに押し潰されそうになっていた。  そんな時に勝から持ち掛けられたら作戦。 翼を喜ばせようと、その話に乗った陽子。 でも、看護士に見つかったら大変な騒ぎになる。 そう思い…… 今があるのだ。 陽子は薄ら寒いシャワールームで、ただ消灯時間だけを待つしかなかったのだ。 でもその前に、この仕組まれた事件は起ころうとしていた。  翼は付き添いの場合は何時もシャワーを浴びていた。 それを陽子はまるっきり知らなかったのだ。 実は…… それこそが勝の仕掛けたサプライズだった。 勝はドキドキしながら、翼の帰りを待っていた。  翼は勝の食事を世話をやいた後、入院患者の内比較的体の動かせる人用の食堂で食事をしていた。 売店で買うオニギリやパンだった。 でも今日はクリスマスイブなので、勝のためにこっそりケーキも用意していた。 一般的なテーブルセットでの食事。 それはリハビリにも通じるようで、皆生き生きとしていた。 翼に恋人が出来たことは周知のようで、偶にはからかわれたりした。 でもそれが嬉しくて堪らない翼だった。  病室に入り、ケーキを冷蔵庫にしまう。 翼はその後上着を脱いでハンガーに掛けた。 そして一枚一枚洋服を脱いでいったのだった。 薄目を開けて勝が見ているとも知らず、翼は奥のドアに手を掛けた。 その時を待っていたかのように、勝は微笑んだ。 でも翼は気付いていなかった。  ――ガチャ! その音に気付いて陽子は焦り、慌ててトイレに逃げ込んだ。 その時、シャワールームの扉が開き翼が入って来た。 (ヒャー!! 危なかった) 陽子はドキマギしていた。 「ウッ!!」 翼は翼で、驚いて思わず息を止めた。 (う、ヤバい!) 翼は目の前を横切った陽子の影を、幽霊か何かだと思って震え上がった。 (話には聞いていたけど、まさか、まさか……) 身を屈めて縮こまった翼。 それでも勇気を出して、恐る恐る影の消えた方向を目で追った。 トイレのドアに僅かな隙間がある。 其処から翼を見ている眼。 (うわー!! やっぱり誰か居る!) 翼は震えていた。 でも翼の寒い原因は、その幽霊ではなかった。 翼は上半身裸で入って来たのだった。 「ハー、クション! ハークション!」 とうとう翼はくしゃみを連発した。  「大丈夫翼!」 陽子はすぐに翼の元に駆けつけて、縮こまった翼の体を温めていた。 翼は驚いて目を丸くした。 幽霊の正体はナント陽子だったのだ。 これが驚かないでいられようか? 翼は半ば腰砕け状態になった。 (まさか……まさか、陽子がこんなに大胆だったとは!? それでも嬉しい!) 素直にそう思った。 でもそれを計画したのが勝だとは思わない翼。 (ああ、どうしよう。僕のためにこんなことまでするなんて……。お祖父ちゃんに何て言えば……) 翼は戸惑っていた。 陽子も成り行き上、裸に近い翼を抱き締めていた。 翼の体よりも、自分の方が冷えていることさえも気付かずにいたのだ。  翼は、シャワールームから顔だけ出して勝の様子を確認した。 幸いなことに勝は眠っていた。 しや、本当は眠た振りをしていただけだった。 翼も陽子もただ踊らさせられていただけなのだ。 「とりあえず、身を隠していて。見つかったら大変だから」 翼の言葉に陽子は頷いた。 (そうよね。もし看護士さんにでも見つかったら……) 後ろめたさでいっぱいだった陽子。 その時陽子も翼もまだ勝の悪巧みを知らず、互いを守ることしか考えていなかったのだ。  翼は陽子を病室に移すことが一番の得策だと思った。 陽子の体が冷え切っていることは百も承知だ。 だからと言って一緒にシャワーを浴びる訳にはいかなかったのだ。  陽子は一旦シャワールームから出て、付き添い用のベッドの上に腰を降ろしていた。 勝が眠っているのを確認した翼が、其処で待つように言ったからだった。 結局翼が出て来た後、陽子もシャワーを浴びることになった。 翼を待つ間、心は燃えていた。 でもそれとは別に体は…… 冷え切ったどころではなかったのだ。 陽子の体は芯まで冷えて、唇は紫色になっていた。  一応勝負下着は持って来ていた。 それがあのポーチに入っていた、乙女のヒ・ミ・ツだった。 陽子はそれを握り締めながら、翼が出て来るのをガチガチと歯を打ち鳴らしていた。 (一応女の子のたしなみだものね) そう言い聞かせる。 でも本当は恥ずかしい。 (ねえ、おじ様……どうしたらいい?) 陽子は勝にすがりつきたくなっていた。  勝は疲れたらしく、静かに目を閉じていた。 翼はそんな勝を気にしながら陽子がシャワールームから出て来るのを待っていた。 縮こまった体を抱き締めてくれた時、翼は興奮していた。 だから陽子の体の冷たさに気付かなかったのだ。 翼は反省していた。 とりあえず自分が先にシャワーを浴びてしまったことを。 『首筋に熱めのシャワーを掛けると温まるよ』 翼はそう言った。 それが唯一の罪滅ぼしだった。 それはさっき偶然に見つけた技だった。 寒い思いをして、かがんた体が徐々に温まっていくのを体感したからだった。 でも、本当は早く出てきてほしかったのだ。 翼は少し後悔をしながら、冷蔵庫にあるケーキを眺めていた。  その時、病室のドアが開いた。 入って来たのは看護士だった。 「あれっ? 恋人だと言う陽子さんは?」 その思いもよらない言葉に翼は声を失った。 慌てて勝のベッドを見る。 其処には、笑いを堪えている勝がいた。 「――ったく、お祖父ちゃんの仕業か!?」 呆れた様に見ている翼を後目に、勝はまだ大笑いをしていた。  「ねえ翼。おじ様まだグッスリ寝ている?」 勝の様子を知りたくて、シャワールームから陽子が顔だけ出した。 ――ドキッ! 翼が体が反応する。 その可愛らしい仕草に翼は燃えていた。 ――ドキッ!! ドキッ!!!! 翼はもう押さえが効かなくなっていた。  翼がシャワールームの扉を開ける。 「こっちにおいで」 翼は陽子の手を引いて、シャワールームへ戻って行った。 一瞬陽子は戸惑った。 でも翼に従った。 覚悟は決めていた。 でも勝の前では嫌だったのだ。 翼は勝が望んだ通りにしたいと思っていた。 でもやはり、勝の前ではイヤだったのだ  「陽子が悪いんだ」 呟きながらキスをする。 その優しい唇…… 陽子は翼に身を委ねた。 最初は軽いキス。 翼は息継ぎの度に愛の言葉を囁いた。 何度も何度も戻ってくるキスは次第に深くなる。 翼は陽子に溺れていた。 ふと、夜祭りデートの木村家の陽子の部屋の出来事を思い出していた。 戸惑いながらも、燃え上がった恋と言う名の炎。 消す術も知らずにただ其処に居た。  自分の事を信頼して無防備な陽子。 それは、今も同じ。 本当は直ぐにでも陽子を抱きたかった。 抱き締めたかった。 でも翼は又躊躇していた。 未だに中途半端な自分がねたましく感じて…… 結局翼はキス以外何も出来なかった。 それでいいと思った。 クリスマスイブに陽子が傍に居る。 それだけでも嬉しい。 翼は身も心も舞い上がっていた。  二人の仲睦まじさは、忍と純子夫婦から伝え聞いていた。 でも、どうしてもこの目で見たかったのだ。 確かめたかったのだ。 余命幾ばくも無いことを知っていた勝。 せめて最期のクリスマスイブは…… 案じていた翼と、その恋人の陽子と一緒に過ごしたかったのだ。 節子と貞夫夫婦には、陽子と一緒に許可は貰った。 でも…… クリスマスは本来家族で過ごすためのものだ。 だから海外では十二月二十四日から、二十六日にクリスマス休暇が与えられる訳なのだ。 節子に寂しい思いをさせることになる。 でも敢えて、承知してもらったのだった。  「中川にはな……」 そうそう、まずは恒例の赤穂浪士外伝。 翼にせがまれて、語り部になる勝。 一言も漏らさないようにと聞き耳を立てる翼。 『春まで持つかどうか』 主治医は言う。 それでも、長生きしてほしいと翼は思っていた。 もっと沢山聴きたいと思っていた。 でも確実に死期が近付いていることは解っていた。 だから尚更、一言一句逃したくなかったのだった。 でも陽子はこの話に疑問を持った。 実は、陽子の住んでいる武州中川駅から程近い所にある赤穂浪士の伝説だったのだ。 陽子も母の節子から何時も聞かされていたのだった。 中川駅周辺。 其処は、勝と節子の故郷でもあったのだ。 陽子は翼同様、子供の頃に母の節子にその話をねだっていたのだった。 勝の語る赤穂浪士。 節子の語る赤穂浪士。 内容はほぼ同じ。 でも吉三郎の死に様が違っていたのだ。 陽子はいつの日にか、節子から聞いた話を翼にも聞いてもらいたいと思っていた。  「まったく……」 付き添いのベッドの中で、翼が拗ねる。 「サプライズ効いちゃったのかな?」 陽子がおちょくる。 「でも嬉しかった。まさか陽子とイブが迎えられるなんて……」 翼の声がフェードアウトする。 翼は泣いていたのだ。 「ごめんね翼。怖い思いさせちゃって。でも、私の影ってそんなに……」 「ああ、怖かったよ」 陽子が言おうとしたら、翼が被せた。 「だって幽霊は美人だって言うじゃん。陽子が美し過ぎて本物かと思っちゃったよ」 翼が陽子の額をつつく。 陽子はわざと拗ねた振りをして布団を被った。 「陽子……」 翼が不安そうに聞いた。 翼がそっと布団の中を覗くと、陽子は声を震わせて笑っていた。 でもそれはすぐ大笑いになった。 翼は慌てて陽子の口に手を置いた。 それでも、収まらない。 翼は困り果てて最後の手段に出た。 それは…… 陽子の唇を自分の唇で塞ぐことだった。 甘い甘いクリスマスイブ。 勝が仕掛けたサプライズに見事にハマった翼と陽子。 二人は付き添いのベッドの中でいつまでもイチャイチャしていた。  翌朝陽子は驚くべき物を見た。 それは勝からのクリスマスプレゼントだった。 陽子は、勝が車椅子で移動して二人の枕元にそれを置いてくれたのだと思った。 でも本当はそれは考えられなかった。 そして、本物のサンタクロースの仕業だと思うようになっていた。 (もし看護士さんだったらどうしよう……二人が一緒に居るところ見られちゃったかな?) 陽子はそれが怖かった。 次に会った時、どんな顔をしたらいいのか…… でも…… 見られたのが勝だったら、もっと怖いと思っていた。 だから、やっぱりサンタクロースが来たってことにしてしまった陽子だった。 でもそれはサプライズを仕掛けた張本人の勝。 そこは抜かりなかった。 ついでに自分の手の中で、二人の手と手をを組ませていたのだ。 そう…… プレゼントは勝が杖をつきながら歩いて置いた物だったのだ。 二人の恋を見守ること。 それが今の勝のパワーの源になっていたのだ。
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