翠に緑を添えたなら

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「ああ、帰ったか」 「……兄さんが先に帰っているのは珍しいですね」  出迎えた人物に、思わず素直な感想が出る。腹違いの兄は、その立場故に帰宅が遅い事が多い。時には数日家に戻らない事すらある。  正統な貴族の嫡子であった兄と、私生児だったのを養子として迎えられる事で同じ姓を名乗れるようになった弟。騎士の最高位である騎士団長の兄と、高位とはいえ傭兵身分の弟。その差は見えない壁として少年時代から立ちはだかり、主に自分の方から距離を置いて接し、決して敬語を崩さずに話しかける。兄はそれを歯痒く感じているのだろう。軽く苦笑した後で、こちらの手にしている苗に目をやり……。 「お前も買ったのか」  意外そうに目を丸くする。瞠目したのは自分も同じだ。任務に忙殺され、仕事以外に気を向ける余裕が無い兄が、同じ苗を見出したというのか。それが意味するところは。 「そうだな。私達からあのお方に花をお渡しすれば、あのお方も少しは心安まるだろう」  兄に悪意は無い。そういう人だ、わかっている。だが、心の中に茂っていた、柔らかい緑の葉は一瞬にして枯れ果て、薔薇の茎のような鋭い棘が突き刺さる。 「私はこの手のものにはとんと疎いからな。お前が教えてくれるとありがたい」  本当に、『気づいていない』だけで、悪意は無いのだ。それがどんなにか、こちらの喉を絞めてくる事か。 「……はい」  何とかそれだけをしぼり出して、自室へ戻り、苗を窓際に置くと、ベッドに飛び込んで仰向けになり、左腕で目を覆って。 「敵わない」  独り、小さくごちる。  そうして、花の苗は手入れされる事の無いまま、数日後に萎れていた。
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