翠に緑を添えたなら

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「叔父様」  裏の小さな庭から戻ってきた姪が、少し頬を上気させて問いかけてきた。 「お花を、育てているのですか」  昨日植えたのを、もう気づいたのか。目ざとい少女だ。聡明なあの女性によく似ている。 「昔どこぞの行商人に『どんな土地でも育つ』と言われて買ったのと、同じ花ですよ。たまたま見つけたので」  あの頃よりは軽くなった、少しの胸の痛みを無視して微苦笑すれば、彼女と同じ翠の瞳がぱっと明るく輝き、じわじわと笑みが顔に広がってゆく。 「楽しみです!」  姪は頬に手を当てて、少々興奮気味に語る。 「この村では雪が深いから、なかなか北国以外の花なんて見られませんし」  悪意も他意も無い、純粋な期待。兄と同じ真っ直ぐさだ。 「では、無事に育つように願っていてくださいますか」 「はい!」  目を細めれば、姪は拳を作って意気込んでみせる。まるで自身が花を育てる、とでも言わんばかりの気合いだ。  結局あの花は兄の育てたものだけが咲いて、女王の手に渡った。恋する相手からの贈り物を、頬を赤く染めて受け取る彼女の笑顔は、今も脳裏に焼き付いて、小さな焦げを残している。  あの日々はもう、戻らない。二人はもう、いない。せめて、二人の残したこの無邪気な姪の身と心を守り続けるのが、今の自分の役目だ。  翠に添えるのは緑で良い。いつか姪が、彼女が言葉で戦ったようにはいかず、剣を手にして血の赤に塗れても、緑が消えないよう、願い続けるばかりである。その為なら、自分が更なる赤に染まろうとも、構わない。あの人達の夢見た世界を目指すという己の信念を、必ずや貫き通してみせよう。  その花の花言葉は、『あなたを守る』。
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