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「ふふ、いらっしゃいませ。」
気味悪く笑う私の父親ぐらいの年齢の男性。胡散臭い笑顔だった。
「来てくださると分かっていました。」
上がりっぱなしの口角から目を逸らす。
普通じゃない。店の外観から見て、そう悟った。入ろうとする足が少しだけ竦んだ。店の中の空気もなんだか冷たくて異様で、居心地が悪い。
「・・・・・・ここでは、なにをレンタルしているんですか。合法の店ですか。」
「みなさんを縛るものはここには介入できませんよ。ここは夢と同じぐらい、儚い場所ですから。」
答えになっているのかも分からない、ゆっくり発される言葉は動揺する私の心を落ち着けようとしているみたいだった。
「××さま。ここでは、××さまが望まれるものをレンタルしています。いや、レンタルという言葉は合っていませんね。プレゼント、そうプレゼントしています。けれど、レンタルの方が語呂がいいので、そう名乗っております。」
男性の口から出てきたのは私の名前だった。鳥肌が立つ。彼はどこまで知っているのだろうか。怖い。少し後ずさりする。
「そのバッグに入っているのは、薬ですよね。」
「・・・・・・な、んで。」
「××さま。幼少期から身体が弱く、就職活動中に倒れられましたね?そして、搬送された病院で余命宣告された。・・・・・・大変でしたね。」
憐れむように小さくため息を吐く男性。無意識に身体が震えた。どうして、知っているのだろうか。仲のいい後輩ちゃんも、うるさい上司も知らない。両親と私だけの秘密を、どうして初対面の彼が知っているのだろう。怖い、何者なんだろうか。今すぐ、逃げ出してしまおうか。そんなことを思うのに、怖さで麻痺した足は動かない。
「××さまが望まれているのは、強靭な心臓ですよね。もちろん、ご用意しております。」
男性がそう言った途端、奥の大きな扉がゆっくりと開いた。そこから出てきたのは、猫背の小さな男性だった。
「彼はいわゆる『死にたい人』です。ですが、身体は健康体。病気など一度も経験したことがありません。死にたいのに、死ねない。もどかしくてたまらない彼をわたくしがここへご招待しました。」
猫のような大きな目をキョロキョロと動かす男性は、すごく怯えているようだった。私の方を一度も見ない。
「・・・・・・なにをする気なんですか。」
「死にたい○○さまと生きたい××さま。○○さまの心臓を、××さまに受け取ってもらいます。○○さまはここでお亡くなりになられます。そしてあの世へ行かれるのです。××さまは受け取り終了後、ここでのことを任意で忘れることができます。」
淡々と、どこか嬉しそうにそう喋る男性が恐ろしくてたまらない。
けれど、逃げようという思いは先ほどより小さくなっていた。
「貴方は、それでいいんですか。」
背が丸まった男性に声をかけてみる。男性はなにも言わずに、ただ首を縦に振った。ジャケットから見えた腕の赤い跡から目を逸らす。
「○○さまは一刻も早くあちらへ行くことを望まれています。××さま、どうでしょうか?」
「・・・・・・その人の心臓が私に合わなかったら、どうするんですか。」
「受け入れるのに多少の時間を要することはありますが、だんだんと馴染んでいくので大丈夫ですよ。合わないことはありません。」
「・・・・・・どういう方法で受け取るんですか。」
「わたくしが使える摩訶不思議な力で、作業します。危ないことはしませんし、お召し物を脱ぐ必要もありません。少しの間、眠ってもらって、起きたらもうすべてのことが終わっていますよ。」
「・・・・・・。」
「どうされますか?」
奥にいる男性が私のことを見ている。目を潤ませて、すがっているみたいだ。
「分かりました。します。」
「承知しました。」
二人の男性の頬が緩む。
私だって、こんなつまらない人生は嫌なのだ。制限時間が明確になっているのに、たくさんのことも禁止される。こんな生活、まったく楽しくない。
もし、病院に通うこともなくなったら、いろんな所へ行こう。
「××さま。先に聞いておきますが、ここでのこと、忘れますか?覚えておきますか?」
「忘れたいです。」
どうせなら、最初から私が健康体だったことになればいいのに。それはきっと不可能だろうけど、ここでのことは覚えていたくなかった。
「承知しました。それでは、眠ってもらいます。失礼します。」
男性がごつごつした手を私のおでこに置く。だんだんと、意識が朦朧としていく。視界が歪んで、目を閉じた。
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