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『レンタル屋。生きたい貴方様に、素晴らしいものを貸し出します。返却は不要です。』
気味が悪いチラシを見つけたのは、初夏のこと。仕事がうまくいかずに、イライラしたまま帰宅した。郵便ポストもよく見ずに、入ってきたもの全部を持ってきてしまった。
気持ち悪い。そう思ったのに、そのチラシをなぜかグシャグシャに丸めることはできなかった。
カラフルに彩られた紙に『生きたい貴方様に』という文字が強調されている。似合わない言葉だと思った。
その他には住所と電話番号が書かれているだけだ。家から近い場所だけど、不気味で行く気も起きない。
けれど、捨てる気にもならないので、とりあえず置いておくことにした。
「最近、とあるレンタル屋が流行ってるんですって。先輩、知ってます?」
「とあるレンタル屋、ってどういうこと?」
「さあ?」
昼休み、オフィス近くの公園で可愛らしいお弁当箱を広げた後輩ちゃん。突然、よく分からないことを言い出すのは彼女のクセなのかもしれない。
「SNSで話題になってるんですよ。変なチラシを貰った人しか行けないんですって。それで帰ってこない人もいるとか、いないとか。」
「ホラーじゃない。私、怖いの無理なのよ。」
「けど、面白そうじゃないですか?」
「全く。」
変なチラシ、という言葉に、先日入っていたチラシを思い出す。あれもたしか、レンタル屋のチラシだったはずだ。そういえば、なにをレンタルするのかは書いていなかった。つくづく、変なチラシだ。
「噂によると、『生きたい人』と『死にたい人』しか行けないらしいですよ。」
「・・・・・・。」
「噂になった発端は、とある病み垢なんですけど。変なチラシが入ってきて、そこに行ってみるっていう更新で途切れてるんですよ。一日に何十件も更新するようなアカウントだったのに。」
「・・・・・・へえ。」
「まあ、あたしは死にたくないし、いいんですけどね。気になりますけど。」
「・・・・・・。」
「先輩?どうしました?」
「え、あ、ううん。なんでもないよ。」
「そうですか。ならいいです。」
本当はなんでもいいわけがない。野菜ジュースのパックをギュッと握りしめる。
生きたい人と死にたい人しか行けないレンタル屋。
『生きたい貴方様に』なんて大きく書かれたあのチラシは、その変なレンタル屋から来たものなのかもしれない。
「まだ五月なのに、暑いですね。先輩って日光アレルギーとかですか?・・・・・・日光アレルギーってあるのかな。」
「・・・・・・どうして?」
「だって、いつも木陰とか涼しいところにいるじゃないですか。」
「暑いところが苦手なだけだよ。」
「へえ、そうなんですね。」
「・・・・・・行ってみようかな。」
「え?」
「なんでもないよ。」
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