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歩道橋のおばあちゃん
夕方五時を知らせるメロディーが、町全体に広がる。携帯電話や腕時計を持たない低学年の子供たちにとって、この音楽が帰りの合図だ。
友達と別れた勇渚は、公園を出てキックスケーターを走らせる。家まで五分だ。勇渚の家と公園の間に、幅広の基幹道路が横切っている。
いつも渡る歩道橋まで来ると、おばあさんが階段を登ろうとしていた。勇渚はキックスケーターを折り畳み、階段に足を掛ける。するとおばあさんの独り言が聞こえた。
「階段を上るのは、しんどいねぇ」
その言葉を聞いた勇渚は、おばあさんに話しかけた。
「横断歩道が、すぐそこにあるよ」
おばあさんは、驚いた表情で勇渚を見る。
「私の足では、信号が青のうちに渡り切れなくてねぇ。教えてくれてありがとう」
おばあさんを見上げる勇渚は、横断歩道がエスカレーターだったらいいのに、と考えていた。
「お嬢ちゃん、私のことはええから、先にお帰りなさい」
「でも……」
「優しい子だねぇ。私は大丈夫だよ」
勇渚は、屈託の無い眸でおばあさんを見つめ「それなら」と、あることを思いついた。
「じゃあ、イサナが、魔法だけ掛けていくね」
「あら、あら。可愛いねぇ。私の為に、魔法を掛けてくれるのかい」
「うん、いくよぉ! 階段がエスカレーターになぁれ」
「まあ! これは大助かりな魔法だねぇ。ありがとう」
「うんっ。おばあちゃん、バイバイ」
「気を付けてね」
勇渚は階段を駆け上がる。すると足元がグラリと揺れた。吃驚した勇渚は立ち止まり、おばあさんのほうへ振り向いた。驚いたことに、歩道橋の階段がエスカレーターのように動いているではないか。本当に魔法が掛かってしまった。「いやはや、不思議なことがあるものだねぇ」と言って、おばあさんは感心していた。
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