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勇渚の選択
勇渚が死神に視線を戻すと、ビルの外に腕を伸ばしていた。その手には紐が握られている。クックの首輪に繋いでいた紐だ。紐の先を辿ると、クックがぶら下がっていた。尾を股の間に巻き込み震えている。
「クック! 何をするの? クックを離して!」
「この紐を離したら、犬は落ちるぞ」
「ダメ!」
「なら、どうする?」
「クックを離して!」
「だから、離すと犬は落ちるぞ」
「ダメ! クックを返してよ!」
「それは駄目だ。願い玉を使ったらどうだ?」
「イヤ! ハートが消えちゃうもん」
「ハートより、お前の命が消えるのだが。分かっているのかいないのか……」
まだ六歳の勇渚は、上手く言葉にできないが、自らの命とクックの命が天秤に掛けられていることは、感覚として理解していた。クックの命を助けたいが、自分も死にたくない。勇渚の中で、正義的な感情と利己的な感情が押し付け合い、葛藤に押しつぶされそうになる。大粒の涙が溢れてきた。
「クックを殺さないで!」
「なら、願え!」
「死にたくない!」
「なら、犬が死ぬ」(さあどうする人間。願え。願うのだ。私の糧となれ)
勇渚は、右手の甲で涙を拭う。願い玉をポケットから取り出した。団子のような丸い石に、一つだけ小さなハートの絵が描かれている。石はまるで、ご主人様の願い事を待っているようだった。
「ごめんね」
勇渚はそう言って、ギュっと石を握りしめた。そして振りかぶり、死神に向かって力いっぱい放り投げた。
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