ボーカロイドとの出会い

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ボーカロイドとの出会い

 「岬さん」  日本の病院会計受付は美しい女性が多い。正午前に呼ばれた甘夏は、次回予約を済ませて精神科を出た。統合失調の診断を受け、生活保護を受給していた。  暖房きいた薬局を出ると、真っ青な空を冷たい風が切り裂いていた。寒さで肌がちりちりする。息が白い。季節は冬。街路樹の下を通ると、歩道の横に生えた雑草に、朝の霜が少し残っていた。  統合失調は幻覚幻聴があり、妄想発言するものと、日本では一般に解釈されている。しかし、甘夏はマイナーな方の症状でかなり苦しんでいた。  主治医は「関連付けの症状」とか言っていたが、詳しい事は甘夏にもわからない。スマホPCを触る、或いはの専門書を読むと頭に電流が走り、拷問を受けたかのように辛い。  彼女は就労移行支援施設で働いていた。しかし、職員の甘夏を狙ったパワハラでノイローゼになりかかっていた。  甘夏は、区役所職員、ナース、ケースワーカーにも相談した。  「パワハラ被害に遭っています」  「落ち着いて。お薬は飲みましたか?」  これは、DV被害者にも児童虐待被害者にも言えること。社会の真実は『対処したくない』。  公務員と医療従事者は自己の怠慢を美化したい時、統合失調患者に薬を飲んだか確認して逃げる。  甘夏の経験上、一般人より「助けてあげてる」というおごりのある、有識者がやるのだ。ナース、ケースワーカー、公務員が代表。医師は玉石混淆。  患者が侮辱に怒ったり反撃したりすれば、更に治療の必要のある人として扱われる。場合によっては保護者を呼び出され、自由と権利の制限を受ける。  統合失調患者に人権はない。薬を飲んだか聞かれたら、黙って泣き寝入りするしかないのだ。薬なんか、飲んでるに決まってるのに。  同じ年の夏、甘夏は誰にも味方してもらえず、就労移行支援施設を続けられなくなり、やめた。大型精神科病院に付属する、デイケア通いに切り換える。  大型精神科病院は、緑のたちこめる、まだ山の開発途上とわかる坂の上にあった。セミの大合唱が暑さを盛り上げる。甘夏は汗に濡れたTシャツを背中にはりつけて通った。  デイケアは噂話と他人の不幸が大好きな人種で埋め尽くされていた。甘夏は趣味で文章を書くため言語IQが高い。メンバーの質が低すぎて、甘夏の安息となる場所はどこにもなかった。  デイケアがどこでもそう、というわけではない。偶然そうだっただけ。しかし、偶然は気持ち悪いくらい、甘夏の周辺で当たり前だった。甘夏は偶然に疲れ果てていた。  比較的涼しい、曇空の日の夕方、甘夏は自宅でスマホのユーチューブを覗いていた。  「あ、かわいい〜……」  たまたま、ボーカロイドがリズムよく般若心経を読んでいる動画だった。面白くて繰り返し見てしまう。甘夏は芸術関係はみんな好き。  甘夏は自分の時間が取れる時は、趣味でイラストも書いていた。描いてる時、過集中で目をこすってしまう。目には良くないアクリルガッシュだが、イラストの修整にどうしても必要だ。  眼科通いから脱するため、コンピューターイラストを始めたかったが、金銭的に難しかった。しかし、コンピューターイラストが出来たとしても、症状のせいでスマホもpcも使えない。
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