親指遊び

1/1

1人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ

親指遊び

 冬になった。よく晴れた朝の通所時、甘夏はバス乗車し、座っていた。彼女の近くに座る、若く見目良い男性が、自分の膝の上で両手の指を組む格好をしていた。  指を組んでも、親指同士は離している。男性は左右の親指で、せわしなく指遊びをやっていた。  甘夏が気がつくと、別の席の太った中年男性も同じ仕草をしている。何の意味があるのだろう? 甘夏は彼らを真似て、左右の手の指を組み、親指遊びをしてしまった。  刹那、運転手以外の乗客という乗客が甘夏に驚愕し、走行中だというのに、降車ドアの前に殺到した。  これで全員カメラ目線だったらコントかもしれないが、それとは逆に、彼らは甘夏に顔を見られまいと必死に顔面を覆っていた。甘夏は、あっけにとられる。  結果、彼らは次の駅で、事故でも起こしそうな勢いで下車。そんなに慌てているのに、一人も声をあげないのが印象的だった。バスには数えるほどの乗客しか残らなかった。  甘夏は、ストーカーを真似た遊びに撃退効果があるのかと思って、次にバス乗車した時も指遊びをしてしまった。  恐慌してバスから脱出する集団ストーカー。甘夏は、あとから自分が愚かだったと理解した。  友の会港南区支部。老若男女会員の、スマホpcによる情報交換の嵐。横島も仲間と争うように絶叫していた。  「同業者だよ!」  「私達と同じに、体内に情報通信機器埋め込んでるよ! 私、わかるもん!」  「どうするんだ、どこの同業者だ!」  パニックの中、持田が叫ぶ。  「わからない! もう、やるしかないよ、この人!」  「イャァァァァァ?!」  持田の腕の中につかまって、長身ながら細っこい奴が、片方のこめかみにこぶしをグリグリされ、悲鳴をあげている。集団パニックとは、こうも恐ろしいもの。  数日後のデイケア帰りは小雨だった。甘夏はいつものようにバス利用した。今回も座る席に恵まれ、窓から外を眺めていた。ストーカーは既に居るのが当たり前になってしまっていたので。  すると、何かの拍子に、甘夏からうしおのように逃げだす集団ストーカー。彼らは甘夏の指から、必死になって顔を背けていた。  甘夏は指遊び、してない。固定もしていないのに、指を一回も動かさないことなど出来ないのだ。  バスは次の駅で停車。降車ドアが開くと、工作員は全員血相変えて逃げていく。  ――こんな大勢、敵に回すって危ないでしょ……、  ストーカーより甘夏の方が、はるかに恐怖し始める。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加