虹の橋を渡る猫

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虹の橋を渡る猫

 雨上がりの午後、沙織は窓を開けて歓声を上げた。 「お母さん! 虹が出てるよ!」  窓の外には、青空に浮かぶ虹がはっきりと見えている。台所にいた母も、家事の手を止めて沙織のそばに来た。 「本当だ。きれいね」  今日の虹は、沙織がそれまでに見たどの虹よりも鮮やかだった。半円状の橋が空いっぱいに広がり、虹の脚も頂上も、少しもにじんでいない。  絵画のような景色に、沙織の心は浮き立っていた。 「あの虹を、橋みたいに渡れたらいいのになあ」  それを聞いて、母がくすりと笑う。 「いくらなんでも、それは無理よ。確かにとてもきれいだけど」  母に笑われたことが少し恥ずかしくて、沙織は思いきって反論に出た。 「でも、ゆうちゃんの家の猫は、この間虹の橋を渡ったって言ってたよ」 「え……」  その瞬間、母の表情が固まった。さっきまでの和やかな空気が一変し、まるで室内に冷たい風が吹き込んだようだと沙織は思った。 「……お母さん? えっと、どうかしたの」  沙織がおそるおそる尋ねると、母ははっとして沙織の顔を見た。 「沙織。虹の橋を渡るって言葉にはね、天国に行ってしまうっていう意味もあるのよ。だから、ゆうちゃんのお家の猫は、きっと……」  硬い表情で説明する母を見ていると、沙織の胸の中も、少し冷たくなってきた。虹は、楽しさだけを与えてくれる存在ではないのだ。沙織は今まで、そんなことを考えたことは一度もなかった。 「虹の橋って、生きているときには渡れないんだね」  沙織はそうつぶやくと、もう一度窓の外を見た。あれほどはっきり見えていた虹が、今は半分以上見えなくなっている。あと数分したら、きっと完全に消えてしまうだろう。 「ゆうちゃんが飼っていた猫ちゃんは、天国で元気にしてるかなあ」 「……きっと、元気でいるわ」  母は少しだけ表情を和らげると、沙織に微笑みかけた。 「うん。そうだよね」  沙織も微笑む。すると、胸の中がさっきよりも温かくなった。 「さあ、おやつを食べましょう。今日はホットケーキよ」 「うん。ありがとう、お母さん」  沙織と母は窓際を離れて、テーブルへと向かった。  虹は消えていたが、空は少しも変わることなく晴れ渡っている。
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