2人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
虹の橋を渡る猫
雨上がりの午後、沙織は窓を開けて歓声を上げた。
「お母さん! 虹が出てるよ!」
窓の外には、青空に浮かぶ虹がはっきりと見えている。台所にいた母も、家事の手を止めて沙織のそばに来た。
「本当だ。きれいね」
今日の虹は、沙織がそれまでに見たどの虹よりも鮮やかだった。半円状の橋が空いっぱいに広がり、虹の脚も頂上も、少しもにじんでいない。
絵画のような景色に、沙織の心は浮き立っていた。
「あの虹を、橋みたいに渡れたらいいのになあ」
それを聞いて、母がくすりと笑う。
「いくらなんでも、それは無理よ。確かにとてもきれいだけど」
母に笑われたことが少し恥ずかしくて、沙織は思いきって反論に出た。
「でも、ゆうちゃんの家の猫は、この間虹の橋を渡ったって言ってたよ」
「え……」
その瞬間、母の表情が固まった。さっきまでの和やかな空気が一変し、まるで室内に冷たい風が吹き込んだようだと沙織は思った。
「……お母さん? えっと、どうかしたの」
沙織がおそるおそる尋ねると、母ははっとして沙織の顔を見た。
「沙織。虹の橋を渡るって言葉にはね、天国に行ってしまうっていう意味もあるのよ。だから、ゆうちゃんのお家の猫は、きっと……」
硬い表情で説明する母を見ていると、沙織の胸の中も、少し冷たくなってきた。虹は、楽しさだけを与えてくれる存在ではないのだ。沙織は今まで、そんなことを考えたことは一度もなかった。
「虹の橋って、生きているときには渡れないんだね」
沙織はそうつぶやくと、もう一度窓の外を見た。あれほどはっきり見えていた虹が、今は半分以上見えなくなっている。あと数分したら、きっと完全に消えてしまうだろう。
「ゆうちゃんが飼っていた猫ちゃんは、天国で元気にしてるかなあ」
「……きっと、元気でいるわ」
母は少しだけ表情を和らげると、沙織に微笑みかけた。
「うん。そうだよね」
沙織も微笑む。すると、胸の中がさっきよりも温かくなった。
「さあ、おやつを食べましょう。今日はホットケーキよ」
「うん。ありがとう、お母さん」
沙織と母は窓際を離れて、テーブルへと向かった。
虹は消えていたが、空は少しも変わることなく晴れ渡っている。
最初のコメントを投稿しよう!