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その交差点には、幽霊が出るという噂があった。
明るく開放的で、ごくありふれた街の片隅である。一方の角にはコンビニ、もう一方の角にはガソリンスタンド。決して見通しは悪くないし、路面の状態も適切に保たれている。もちろん信号機にも事欠かない。
にもかかわらず、ここでは何故だか交通事故が相次いだ。
──魔が蠢いているんだよ、ここには。
ある強い霊感を自負する者は、そう主張した。
──最初にここで事故に遭った人の無念が、恨みが、孤独が、仲間を求めて手招きしているんだ。だけどどれだけの犠牲者を出しても、そのモノの渇望は癒されることがない。だから事故がなくなることはないだろうね、この先もずっと。
どこか嬉々として力説するその人物をよそに、今日もたくさんの人が、車が、その交差点を通過してゆく。
時折、ガードレール沿いに花が添えられる。事故の目撃情報を募る看板が立てられることもある。
けれど花も立て看板も、事故現場のみすぼらしさを際立たせこそすれ、誰かの無念を晴らすにはまるで役に立っていなかった。絶えることのない排ガスにたちまち花は萎れ、白い看板はねずみ色にくすんだ。看板に記された連絡先に情報が寄せられることは決して、ない。
いったい、これらの事故と同種の悲劇は、果たしてどれだけ世の中で起こっているだろう? 掃いて捨てるほどあるに違いない。ごくありふれた、名前さえ不明の、赤の他人の不幸。いちいち気に留めていては、ただでさえ世知辛い世の中が、輪をかけて住みにくくなる。
そういうわけで、誰もがそこで起こった出来事を認識していながら黙殺した。幽霊の噂さえ、やがて忘れられていった。せいぜい子育てに熱心な母親が「気をつけなさいよ」と我が子を諭すのに利用するのが関の山だった。
不必要な情報を忘却することで、世の中は健全に、そして適切に回ってゆく。
……だが、時には。
忘れようとしない者も、現れる。
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