深夜二時、交差点にて

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 なおも解せない様子の少年に、彼女は慰めるように言った。「ま、諦めたまえよ。現実なんて、えてしてこんなもんさ」 「自分で言っちゃいますか、それ」  かくの如き漫才じみたやりとりをよそに、疲れ知らずの信号は青を灯し、そして黄色に変わる。 「寒いね。それに少し小腹がすいた」  そう言うと、彼女は持っていたコンビニのビニール袋から、肉まんを二つ取り出した。「食べる? これも何かの縁だから、一個あげる」 「そんな、悪いですよ」 「いいからいいから。むしろ食べて。ついうっかり二つ買っちゃったけど、こんな時間に二つも食べたら、確実に後で自己嫌悪で死にたくなる。もう死んでるけど」  半ば強引に、彼の手に押し付ける。ほんの一瞬指と指が触れた時、彼女は「わっ、あたしより手ェ冷たーい」と黄色い声を上げた。 「それにあたしのよりちっちゃくない? おまけに爪もきれいだし。くっそーいいなぁ。祟りたい気分。あたしなんかこの季節、すーぐガサガサに荒れちゃってさー」 「何を男と張り合ってんですか……というかどうしたんですこれ。幽霊なのに、どうやって買えたんですか」  一瞬向けられた疑いの眼差しに、女は慌てて両手を左右に振った。 「あっ、嫌だな嫌だな、嫌ですね。あたしを見損なわないでもらいたいな。お金ならちゃーんと払ってきましたよ。店員さんが品出しに行った頃を見計らって、自分でレジ打ちして自分でケースから取り出したんザマス」 「いや……普通にダメじゃないですかそれ。そりゃ泥棒するよりはマシだけど」  それにそのお金は、どこで工面したと言うのか。  ツッコミを入れだしたらキリがない。嘆息しつつも、結局彼は肉まんを一口かじった。  見知らぬ女と二人並んで、交差点の片隅なんかで肉まんを食べる。どう考えても尋常のシチュエーションではなかった。それを言い出せば、彼女自体にどこか浮世離れしたところがあるのだけれど。 「んー、うまーっ!」  おずおずと遠慮がちに口に運ぶ彼をよそに、女は破顔した。 「美味しいですね。肉まんなんて、ずいぶん久しぶりに食べた気がする」  小さく同意を示すと、彼女は「でしょでしょ?」と食い気味に言った。 「冬って寒いから基本嫌いだけど、食べ物が美味しいことだけは認めざるを得ないよね。もつ鍋とか家系ラーメンとか」 「あ、わかる気がする。食欲の秋って言葉があるけど、冬こそ食の季節って感じがしますよね」 「コンビニのおでんとか!」 「こたつで食べるみかんとか、お汁粉とか」 「あとなんといっても、焼き芋!」  女が何気なく挙げた食べ物の名に、彼は刹那、苦いものを噛んだような顔になった。「焼き芋、かぁ」  その表情の変化を目ざとく見咎め、彼女は訊いた。「どした、焼き芋になんか嫌な思い出でもあるの?」 「いや、大したことじゃないんです。本当につまらない話ですよ」 「聞かせて聞かせて……あ、もしかして好きな女の子の前で食べてたら、おならが出ちゃったとか?」 「聞く気があるなら、話の腰を折るようなこと言わないでください。あと、食事の場ではそういう言葉は避けてください」  くしゃくしゃに丸めた敷き紙を握ったまま「ごちそうさまでした」と手を合わせる。それからおもむろに、彼は語り始めた。 「小さい頃、焼き芋の歌ってうたいませんでした?」 「あー、幼稚園のお遊戯会でうたったかも。確か曲の最後にじゃんけんするやつっしょ?」 「それですそれです。……僕、昔からあの歌が怖かったんですよ」
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