それでも僕らはデキてない!

2/12
11人が本棚に入れています
本棚に追加
/12ページ
 合鍵を預けられる相手がいる。僕が大学のころに中学受験のめんどうを見てやった子だ。名前を杉菜慶といって、その名前のとおり、雑草みたいにたくましいやつだ。  慶の成績は、中の中。数学が苦手で、記憶力は悪くないのに、応用が苦手だった。だからたくさん過去問を解かせてパターンを覚えさせようとした。けれども数字と代数が変わっただけでうろたえて、どの方程式を使えばいいのか迷子になってしまう。慶はぐーぬぐーぬと唸り、歯形が残るくらい鉛筆の尻を噛んでいた。  慶の勉強している姿勢を観察してみた。首を前へ曲げ、顎を鎖骨に寄せて、苦しそうに字を書いている。スギナのくせにまるでゼンマイだ。胸で浅く息をしているが、それも休み休み。息を忘れるのは集中しているときによくあることだしと、姿勢については、とやかく言わなかった。  その後も僕は一生懸命に教えた。勉強方針は悪くないはずだった。だが成果は上がらない。慶の学習能力の悪さが致命的なのか、僕の教え方との相性なのか、あるいは慶の身体に不具合があるのか。三つ目の仮説を潰すことに挑戦した。   学習イスの背もたれに背が沿うよう、姿勢を正しく保てと指示し、息が止まるたびに注意した。小姑じみていて僕は気分が悪かったし、慶も納得していないようだった。そうして一週間経ったころ、数学の小テストの点数がやや向上した。見れば、最後の文章題でマルをもらっている。姿勢改善に手ごたえありだった。  僕は慶に合った勉強法を編み出した。わからなくなったらスクワットし、それから僕に質問する。水分を多くとる。しっかり息をする。血液の循環を改善することが、成績改善につながろうとは意外だった。   慶のおばあちゃんは、僕のスパルタぶりに笑っていた。こんな勉強法を強要する家庭教師なんか、ふつうの家ならクビにしていたと思う。おばあちゃんは、肝っ玉が据わっていて、根っこから明るいひとだった。  慶は手が届かないと言われていた、一番近くのBランクの高校に受かって、一度も赤点を取らずに卒業し、おばあちゃんは慶の高校卒業を見届けて、天国へ旅立った。  それからもう三年が経とうとしている。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!